日本の食文化とTPP:紀尾井の森カルチャー倶楽部第3回

祝・上智大学創立100周年 上智大学 マスコミ・ソフィア会主催
紀尾井の森カルチャー倶楽部 第3回
日時:7月16日(火)18時00分開場:18時30分開講
講演テーマ:「日本の食文化とTPP」~どうやって大地を守るのか?~
講師:藤田和芳さん('70法律)(大地を守る会 代表)


藤田和芳さん講演2013_07_16アップ
藤田和芳氏

■先日行った中国で・・・

 先日、中国へ行き、200人くらいの規模で宅配の事業を始めました。北京、天津では大気汚染が進んでいて、私はジョギングが好きで出張先でも朝、街中を走るんですが、北京では走っている途中で呼吸困難になりました。

 アメリカ大使館が北京在住のアメリカ人向けに毎日「エアー・クオリティー・インディックス」というものを発表しています。数値が250を超えたら外出を控えるようにと-。昨年暮れからは1,000を超える日が続いたといいます。

 私が走った日は195でしたが、次の日は250を超えました。今は、中国の人もこの数字を頼りにしているということです。中国は水の問題も深刻で、これから環境のコストがかかり大変だなと思います。

■大地を守る会の出発

 「大地を守る会」は38年前、1975年に設立しました。農薬や化学肥料を使わない有機農業の世界を追求しようと、都会で週1回の宅配を始めました。現在は、農家約2500人と契約し、会員約9万5千人、ウエブストアー7万4千人(計16万9千人)がお客様です。売り上げ160億円位の企業です。

 20代で会社を立ち上げ、最初は出版社に勤めていましたが、有機農業に興味を持ち、調べてみると有機農業の農家は、作ったものが地元の農協で受け入れられない、スーパーでも売ってもらえない。しかし有機農業の野菜を欲しい人もいるだろうと、最初は茨城県の水戸の農家の野菜を、東京江東区の大島団地でゴザを敷いてキュウリやトマトを並べ「無農薬ですよ!」「新鮮ですよ!」と呼びかけました。味見をしてもらうと、お母さんたちは判ったんです、野菜の良さが・・・。

 私は岩手県の農村の生まれで井戸水で育ちました。東京へ出てきて、何て水がまずいんだろうと思いました。団地に住んでいるお母さんたちは、田舎から出てきて団地に住んでいるわけで、私と同じように昔食べたニンジンと、都会で売ってるニンジンの味とが、どうしてこんなに違うのかと・・・。

 この野菜は昔食べた味だということで、大いに受け、隣の団地に広がる、豊島区の区会議員が見に来る、千駄ヶ谷幼稚園でも・・・というので、青空市が評判になりました。来週も来るので注文して下さいといっているうちに新しいお客様が増えて注文制の「青空市」が評判になり、土曜、日曜だけやっていたのが水曜日もというので、注文制が共同購入になり、やがて引っ込みがつかず、出版社を辞めてそちらに飛び込んだんです。家内が仕事をしていたので出来たんですが、その後、10年ほどして宅配を始めました。

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■宅配を始める

その頃、共同購入組織は3千人から4千人くらいになっていました。10人から20人の班を編成し、そこにまとめて野菜などを配達するシステムでしたが、しばらくして班は増えてるけど人数は減っているることに気がつきました。

 1980年代の前半、女性が働きに出るようになりましたが、共同購入というシステムは専業主婦中心だったのです。お母さんたちが班に集まってきて野菜のこと以外に子育てのことなどを話し合うようになっていました。

 その共同購入にかげりが見えてきたのです。やむなく、ヤマトの宅配便をマネて、昼間は青空市をやり、夜は宅配を始めた。調布市に物流センターを作り半径5キロ圏内の人に「夜間宅配をします。玄関先まで無農薬野菜を届けます。ただし夕方6時から12時まで。老人1人家庭でもOKです」というチラシが評判になるのですが、「宅配」というシステムを作るのは大変でした。

 まず、箱に入れるのが大変なんです。15品目から20品目の商品をソロバン片手に「大根イチー」と言って詰めていくんですが、20件~30件は良いのですが、100件~500件となるともう大変。トランシーバーを使ってやりました。それでも3千件に近づいた時は、もうダメだと思いました。いろいろと試行錯誤を繰り返して、半径5キロ圏内から10キロ圏に広げ、昼間も宅配をするようにして、「大地を守る会」は育ってきたのです。

■『複合汚染』の影響

 当時「有機無農薬野菜」は圧倒的に少数派でした。初めは農協やスーパートは相手にしませんでしたが、状況は少しずつ変わってきました。

 1975年発行の有吉佐和子著『複合汚染』は大きな影響力がありました。戦後の日本の農業は、腰を曲げて農作業をすることはなくなりましたが農薬や化学肥料を大量に使うようになり、ホタルやドジョウがいなくなりました。それが、人間に跳ね返ってきますよというメッセージが出されたのです。これに対して、アトピーの子どもを持ったお母さんたちが敏感に反応しました。

 そこで「大地を守る会」は『複合汚染』を読んだお母さんたちを組織しようということになり、これが追い風になりました。

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■3つのイノベーション

 中国で日本の「有機農業」の話をしました。日本では3つの革命(イノベーション)をした。まず第1は「生産現場」、化学肥料や農薬に代わる新しい技術をどう確立するか? 虫や病気をどう退治するか? 例えば天敵を使うとかの方法を開発した。

 第2は「流通」。曲がったキュウリや虫食いキャベツはスーパーでは相手にしない。売り方を変える必要があり、青空市や宅配を始めた。流通を変えないと1本の大根ですら動かない。

 第3は「消費者意識の改革」、例えばキュウリは曲がっていても安全性があり、美味しければ良いと買うようになった。この3つの段階を経てシステムが動き始めた。

 2000年代に入ると「産地偽装」が問題になった。「中国毒ギョウザ事件」「BSE(狂牛病)」など。

 2006年「有機農業推進法」が出来、次第に理解が広まる。「日本JAS法」では、有機農業とは「3年間、農産物に農薬や化学肥料を使わないもの」と定められた。さらに、有機農業で作られた農産物の「認定制度」が作られたが、この法律には欠陥があり、多くの有機農業農家は「認定されなくてもよい」という姿勢をとった。それで認定率は0.5%位だったと思う。現在、私の推定では、転換期中の野菜も含めて日本の有機農業は7%位まで来ているのではないかと思う。
 
■ソーシャル・ビジネス

 「大地を守る会」は社会的企業として生きていくことにしています。

 利益優先の「金儲け主義」ではなく、理想をかかげながら、財政と人間関係を尊重する、理念を持ちながら経済行動もきちんととる会社、すなわち「ソーシャル・ビジネス」を目指しています。

 社会的問題がある時、昔であればデモ行進を行い大集会を開いて製薬会社と交渉するような方法をとったでしょう。しかし、農薬を実際に使っているのは農家です。でも、農民のところでデモをやっても意味がない。告発、糾弾型では対応できず、ビジネスを通じて変える方法をとったのです。

 社会的弱者や農業を支える、貧困や差別、平和のようなことは、これまでは国家、行政が補助金を出したりして援助してきた。あるいは補助金や善意のボランティアが支えて解決を目指してきた。しかしこれには限界があることが分かってきた。「福祉」や「農業」をどこまで支えられるか疑問。
 
 1980年代初頭、サッチャー、レーガン政権の時代、経済が小さくなった時、福祉や環境関係の補助金が削られ、NGOは深刻な財政難に陥った。

 そうした時、ヨーロッパではビジネスの手法を取り入れた「ソーシャル・ビジネス」という形が生まれた。たまたま私たちは、結果的に「ソーシャル・ビジネス」(社会的企業)になりました。会社の定款にわざわざ「前文」というものを入れました。日本国憲法のように会社としてのポリシーを宣言したのです。そこでは、この会社は「社会的企業である」と宣言しました。その上で株式会社としてのあらゆる事業活動を「日本の第一次産業を守り育てること」「人々の生命と健康を守ること」「持続可能な社会を創造すること」という社会的使命を果たすために展開する"としました。

 こうした活動が評価されたのでしょうか、私は、2007年、アメリカの『ニューズウイーク』が選んだ「世界を変える社会企業家100人」の1人に選ばれました。

■TPPに参加すれば・・・

 安倍政権はTPPに参加すると言っていますが、先の衆院選では選挙の争点になりませんでした。大地を守る会は、TPPに反対してきました。私たちは、食べ物がないという時代を子どもたちに残すわけにはいかない。TPPに参加し、12カ国の関税が全てゼロになると、農水省の試算では、日本の食糧自給率は現在39%が13%になると言っています。

 海外から安い食糧が入ってきた時「米」は守れるでしょうか? 日本では米1俵(60キロ)が1万2千円から1万5千円で売れないと、農家の人たちは米作りはできなくなる。TPPに参加するとアメリカのカリフォルニア米は3千円位で入ってくる。キャベツは140円位より安いと日本の農家は採算が合わなくなってキャベツ作りをやめざるを得なくなりますが、中国産は1個40円で入ってくるのですよ。

 TPP以後、日本の農業は海外からの安い価格攻勢に耐えられないでしょう。農水省の試算では主食の米は、自給率10%に、牛肉25%、豚30%まで下がるといわれています。

 現在、世界の人口は1年に1億人ずつ増えています。世界の人口は70億人を突破しました。世界中で10億人が飢餓線上にいます。こういう危機的状況に、日本の食糧生産基盤をどう守ればいいのでしょう。具体的には何もない。中山間地では耕作権放棄地が増えています。

■原産地表示を止めさせられる?

 TPPに参加した場合のアメリカの要求は「原産地表示をやめさせる」、「農薬や食品添加物の規制を緩和させる」などです。「遺伝子組み換え食品」が堂々と入ってくる。それに対する備えは日本社会に出来ていません。

 「日本の農業は怠惰だ」という政治家や評論家がいます。もっと努力すれば、1俵4千円から5千円でも競争に耐えられると言う。それは日本の農家の4~5%程度です。中山間地ではとても出来ません。

 アメリカ型の超巨大農業は日本にはマネはできません。東南アジアの安い農産物は、貧しい人たちの環境を破壊しながら作る人件費ゼロの農産物だ。このアメリカ型の巨大農業と東南アジアの超貧困国農業が世界で最も安い品目で、かかっているコストが全く違うのです。

 日本農業の生産基盤をどう残すのか? TPP後、日本の農業をどうするのか? 日本農業の生き延びる道は何なのか? 民間で出来ることは何か? 真剣に考えなければなりません。

■原発の代替エネルギー対策

 原発に反対し、自然エネルギーを増やす努力をする必要がありますが、新しいアイデアとして「ソーラーシェアリング」という方法で、田圃の上に「ソーラーパネル」を作るという考えがあります。農作物は太陽の光で作られるが、田圃の上3メートルぐらいの所にソーラパネルを張れば問題ありません。さらにパネルとパネルの間を30~40センチ開ければ田圃に光が入り稲作への影響はなく、コンバインも入る。

 設備費は300坪当たり1700~1800万円で、1キロW当たり、38円で電力会社が買ってくれれば、年間180万円の売電価格になる。300坪から米10俵とれるとして販売価格は約15万円だが、こんな収入はものの数でなくなる。売電価格だけで農業の継続は充分可能になる。

 現在、日本の耕地面積460万ヘクタール、田圃は270万ヘクタールだが、200万ヘクタールにソーラーパネルを設置すれば、日本の全ての電力がまかなえる。これは原油の代金40兆円に相当する。スペインの巨大ソーラーシステムを見ました。ここは下は使えません。しかし、ソーラーシェアリング方式だと、上では太陽光発電、下では農産物と、二重に農地を使えるのです。ソーラーを発電と農産物とでシェアするのですね。まだ研究中だが出来ればやっていきたい。

藤田和芳さん講演2013_07_16会場

■質問コーナー

>◎中国での活動に成算は?

 中国の環境問題は国境を越えている。この「大地を守る会」の活動を、アジア各地に広げていきたい。中国は世界人口の4分の1だから、中国の農業を変えれば世界の農業が変わる。信頼がないと出来ないが、そこにビジネスチャンスがある。この活動が世界の平和につながるかもしれない。小さくてもいいから始めた。食べ物を通じて平和や貧困の問題にかかわっていきたい。

>◎アジア民衆基金に参加しているそうだが・・・

 「互恵のためのアジア民衆基金」とは、主にアジア各地のフェアトレード商品の産地を支援するための融資基金で2009年12月に設立された。バングラディッシュのグラミン銀行が始めた農村振興のための少額融資(マイクロクレジット)の考え方を基礎に、それぞれの産地が抱える問題を解決するために、各産地が提案してきたプロジェクトに融資を行うというもの。

1980年代に、フィリピンで飢餓に陥った農民たちを支援するため、各生協や「大地を守る会」が株主となり、砂糖とバランゴンバナナの輸入会社オルタートレードジャパン(ATJ)を立ち上げました。
 その後インドネシアのエコシュリンプやパレスチナのオリーブオイルなど取り扱いを広げているが、各産地の産物を日本に運ぶだけという一方通行にとどまっている。各地域の横のネットワークを作り、貧困撲滅など現地の活動の基盤を作りたいという思いから、本基金を設立することにした。

 「大地を守る会」では2009年4月からバランゴンバナナとエコシュリンプの売り上げの一部をその基金として充当し、各生協などから集まった基金とあわせて、総会で融資が可決されたプロジェクトに融資されている。
 基金参加団体は「大地を守る会」オルタートレードジャパン、パルシステム、グリーンコープ連合、生活クラブ生協、ハンサリム生協(韓国)、ドゥレ生協(韓国)などです。

以上(まとめ:磯浦康二 '57文新)


藤田和芳(ふじた・かずよし)プロフィール 1947年岩手県生まれ。岩手県水沢高校卒業後、1970年上智大学法学部卒業。1975年に有機農業普及のためのNGO「大地を守る会」を立ち上げる。1977年には株式会社化し有機野菜の販売を手掛ける。現在、株式会社大地を守る会代表取締役社長、ソーシャルビジネス・ネットワーク代表理事など兼務。1997年コムソフィア賞受賞。2007年NEWSWEEK誌「世界を変える社会企業家100」に選ばれる。 著書に『有機農業で世界を変える』(工作舎)ほかがある。
■紀尾井の森カルチャー倶楽部とは

上智大学の創立100周年を記念して、マスコミ・ソフィア会としてこれまで行ってきた母校発展のための活動に加え、私どもの培ってきた知恵や力を、卒業生や上智大学関係者はもとより、広く近隣のみなさまとも分かち合おうと開校したプチカルチャースクールです。現在の約1000名のマスコミ・ソフィア会会員には、マスコミを中心に、いずれも様々な分野で偉業を成し遂げてきたツワモノぞろい。ツワモノらの貴重な体験談や生の声をお伝えすることで、少しでも皆さまの人生のお役に立てればと考えております。

写真など

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