新年のご挨拶 ~ 巽 孝之 英文学科同窓会会長 ~

上智大学英文科同窓会

 

2017年のご挨拶

巽 孝之

(上智大学英文科同窓会会長)

 

 昨秋 2016 10月にはフランスのパリとイタリアのボローニャにおける国際会議へ出席するため出張し、ほぼ十年ぶりにヨーロッパを廻りました。その折に認識を新たにしたのは、世界的文豪にしてノーベル文学賞でも常連候補ウンベルト・エーコの勤務したボローニャ大学は 1088年の創設以来千年になんなんとする歴史をもちローマ教皇庁お墨付きの世界最古の大学であり 、ルネッサンスの折には能力次第で女子学生の入学もすでに許されていたという先覚者的性格です。 フランシスコ・ザビエルを祖のひとりとするイエズス会が長く経営し、 2013年には創立 100百周年を迎えた上智大学にも、その精神は受け継がれているでしょう。それは我が国の大学にして、その内部には狭い意味における日本を超えた時空間が保証されていることを意味します。現在の上智大学では、イエズス会士にして教育研究でも業績を挙げている多様な国籍の教授陣がどんどん減少していると聞きますが、わたしが学んだ 1970年代の四谷の学内には SJハウスを中心に日本国内でありながら一切の国境を超越したかのような雰囲気が広がっており、それが広く国際性として喧伝され、高度成長期における海外雄飛を促進しました。

 しかし、そのころいかにも口当たり良く流通した国際性の本質には、もうひとつ重要なファクターが潜んでいたことを忘れてはなりません。先日、 2017 1 6日(金曜日)に英語学科名誉教授の松尾弌之先生が上智大学アメリカ・カナダ研究所創立 30周年記念講演「私とアメリカ・上智とアメリカ」を行なわれましたが、第四十五代アメリカ合衆国大統領トランプの本質を抉るあまりにも鋭利な洞察に加えて、戦前に上智大学で教鞭を執られ、戦時中には戦艦ミズーリ号の従軍司祭となったチャールズ・ロビンソン神父のエピソードには、深く感銘を受けた次第です。終戦直後、 1945 9月に横須賀から入港するやいなや、ロビンソン神父は食糧や衣料を抱えてまっさきに上智大学へ足を運び、その第一声は「帰って参りました」であったというのですから。イエズス会のあるところ、それが神父にとって唯一無二の帰宅すべき家であったというこの事実を承けて、松尾先生はそこに「日本でありながら日本ではない特殊な時空間」が存在していたことを指摘されましたが、わたしも同感です。仮に大使館や在日米軍基地であれば、治外法権の場ということになるでしょう。それに比べればイエズス会はいささか曖昧な場所かもしれません。けれども、まさにそのように国籍を超越した修道会があったからこそ戦時中にも一定の自由が守られたことは、事実なのです。

 かつて 慶応四年(1868年) 5 15日、薩長倒幕派と旧幕府軍が血で血を洗う戊辰戦争のさなか、江戸中がてんやわんやとなり砲声が轟きわたっている非常事態の渦中で、慶應義塾大学の創設者・福沢諭吉は平然と塾生たちにブラウン大学学長フランシス・ウェーランドの経済書を講述し続けました。これは現在でも、大学というのは世間の一切の動乱に惑わされず学問研究にいそしむのが本分という福沢の思想を体現した出来事として、慶應義塾大学では5 15日を福沢先生ウェーランド経済書講述記念日に制定しています。

 さて、このたび、昨秋 11 6日(日曜日)の同窓会では記念シンポジウムが行なわれた巽豊彦名誉教授の遺著『人生の住処』(彩流社、 2016年)には、第二次世界大戦が激越をきわめる渦中ですら、ヨゼフ・ロゲンドルフ先生が  SJハウス内クルトゥルハイムで文化的催しを続行していたことが回想されています。敗戦へなだれこむ米軍による大空襲の直後でさえ、そうした催しはやむことがありませんでした。若き日にロゲンドルフ師によって洗礼を授けられた中世哲学の権威・今道友信教授は当時をふりかえって、警戒警報の鳴り響くなか、ドビュッシーの「沈める寺」の演奏に続いてロゲンドルフ師が含蓄の深い講演「死に面する信仰について」を行ない、「愛が死を通して残る」というメッセージを残されたことを明かしておられます(「忘れえぬ夜の集ひ」、『一粒の麦ーーヨゼフ・ロゲンドルフ師追悼文集』 [南窓社、 1983 ]所収)。戊辰戦争時の福沢諭吉の毅然とした態度と、第二次世界大戦時のロゲンドルフ師の超然とした態度は、教育機関を一切の政治的制約を免れた学問の自由、教育の自由、言論の自由の場として捉え続けた点において、あまりにもみごとに重なり合います。

 国家内部にありながら国家的制約を免れた自由な時空間ーーこの条件こそが最終的にイエズス会を核心とする上智大学における国際性の発露へと発展していったことを、いま銘記しておきます。

 

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