梅雨らしい雨の午後となりましたが、6月15日(土)ソフィアンズクラブにて英文学科同総会第6回会員大会が開催されました。巽孝之会長挨拶、活動報告、会計報告の後、昨年発売された「上智英文90年」を記念して、上智大学教授舟川一彦先生の講演会が行なわれました。第二部は、来年3月に88歳となられる高柳俊一先生をお招きして、米寿を祝う会前夜祭となりました。

恩師や先輩・後輩との歓談は尽きなく、新しい絆が生まれるのも同総会ならではだと思います。多くの卒業生が集える場となりますよう、皆様のご参加ご協力をよろしくお願いいたします。

ちょうど一年前、2018年6月に発売された「上智英文90年」ですがご購入希望の方は同総会までご連絡ください。

新しい上智英文100年にむけてのスタートです。

英文学科同総会副会長 平野由紀子(1982卒) 0615 1.jpg

 

 

2019年度の同窓会会員大会と、昨年発行されました「上智英文90年」講演会を開催いたします。

講演会では上智大学教授舟川一彦先生に「上智英文90年」に基づき、これまでの90年間の歴史と、今とこれからの上智英文についてご講演いただきます。

また米寿となられる元学科長の名誉教授高柳俊一先生のお祝い前夜祭も合わせて開催いたします。

どうぞ皆様、なつかしい母校にお集まりください。

 

日時 2019年6月15日(土)13時30分から16時 (受付開始13時)

場所 上智大学6号館6階 ソフィアンズクラブ

会費 3000円 (懇親会費含む)

 

※出席エントリーは4月にはいりましたらソフィア会HPに掲載いたします

※「上智英文90年」(定価2500円)を引き続き販売しています 

  ご希望の方は英文同窓会までご連絡ください

 

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                                                   上智大学英文学科同窓会 副会長 平野由紀子(1982)

                                                    eibun-alumni@sophiakai.gr.jp

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〇会員大会・「上智英文90年」出版を記念しての講演会・高柳先生の米寿をお祝いする会
 6月15日(土)13時から16時
 6号館6階ソフィアンズクラブ会議室ABC

 ・舟川先生が講演会をお引き受けくださいました
 ・そのあとの親睦会で高柳先生の米寿のお祝いをします

上智英文同窓会 2019

 

新春のご挨拶

巽 孝之

(上智大学英文学科同窓会会長)

 

 英文学科同窓会が発足して、早くも五周年。

 その間、渡部昇一先生やピーター・ミルワード先生、高柳俊一先生や中野記偉先生の講演会を主催し、そのつど多くの同窓生たちと交歓することができたのは本当にうれしいことでした。

しかし何と言っても昨年 2018年といえば、同窓会が総力を結集して調査し編纂した英文学科の歴史と資料の集大成『上智英文 90年』(彩流社)がついに陽の目を見た年として、しかも6 16日にはソフィアンズ・クラブを借り切り出版記念シンポジウムが行われた年として、長く記憶されることでしょう。大塚寿郎副学長から開会挨拶を賜り、英文学科の過去・現在・未来をめぐって、加藤めぐみ編集長の司会の下、徳永守儀、今里智晃、宮脇俊文、石塚久郎、西能史の各氏とともに語り合った一時間余は、まことにかけがえのないひとときでした。

さて、これまで私は毎年この「新年の挨拶」で、同窓会の意義について考えをめぐらしています。それは、単に昔懐かしい同窓生と再会し旧交を温める場というだけでではない。戦時中にあっても上智大学が学問の灯を絶やさなかった人文学研究の牙城であったことや、戦後、私たちが入学した 1970年代以降に黄金時代が到来したこと、ゼミのない英文学科ではそれこそ黄金時代以来、英文学研究会など学生中心の組織が活発で合宿し雑誌まで刊行していたことなど、同窓会は母校に対する誇りを改めて実感させてくれます。

のみならず、今回の『上智英文90年』を一読すればわかるとおり、同窓会とは、これまで自分たちがよく知っていると思っていた英文学科に、全く知ることのなかった多難にして実り多い時代があったことを再確認する場でもあります。したがってわたしは、同書の巻頭言「そこは何処にもない国」において、文学作品を読むことと同窓会で集まることはよく似ているのではないか、という仮説を提起しました。学生時代にたった一度読んだきりの作品でも、卒業後 10年が経ち 20年が経ってから読み返してみると、あれ、これって本当にこんな話だったっけ?と驚くような再発見に事欠かないものです。それは同窓会を経て同窓生たちと、そして何より大学そのものと再会した時の驚きにも似ているでしょう。文学作品も同窓会も、懐かしさだけが魅力ではない。これまで知らなかった魅力を再発見させてくれるところに、その楽しさが潜んでいます。そして実際、『上智英文 90年』の有能なる編集委員諸兄姉は、次から次へと、これまであずかり知らなかった英文学科の多様な側面を掘り出してくれました。

振り返ってみれば、同窓会が発足した 2014年の時点より、平野由紀子副会長の発案で、いつかは英文学科そのものをめぐる本を作りたい、という構想はあらかじめ活動計画に組み込まれていました。けれども、それを具体的にどのようにまとめるかについて、毎回の役員会であれこれ討議していたところ、アッと言う間に五年目を迎えていたというのが本当のところです、とはいえ、五年もの歳月をかけたからこそ、調査を徹底し記述を洗練させ新発見の数々に恵まれたこともまた、事実なのです。

言ってみれば、同窓会にとって悲願の『上智英文 90年』はとうに締切を過ぎた宿題のようなものでした。そのため、渡部先生にもミルワード先生にも、残念ながら実物をお目にかけることが叶いませんでした。けれども、五年間という「遅れ」が本書の品質をはるかに高めたことも、疑いえません。   

そのような思いを込めて、この遅過ぎた宿題を、両先生の御魂に謹んで捧げます。

 

上智智大学英文学科創立90周年を記念して作成中の「上智英文90年」 SOPHIA ENGLIT  90 を5月下旬から発売開始いたします。

定価2400円でAmazonや上智大学内紀伊國屋書店で発売致しますが、同窓生向けに特別価格2000円でご提供いたします。

 

*2018年5月27日(日) オール・ソフィアンズ・デイ(ASF)の英文学科同窓会特別ブースにて 

                (上智大学四谷キャンパス内)

*2018年6月16日(土) 英文学科会員大会&出版記念シンポジウム・祝賀会において 

                (上智大学6号館ソフィアンズクラブ)

*それ以外は英文学科同窓会アドレスまで

                (お名前、卒年、連絡先住所・電話番号(必須)、冊数を記入の上申し

                                        込み ください。別途送料がかかります。)

 

5月27日の申し込みは不要です。6月16日につきましてはソフィア会ウェブサイトのエントリーフォームからお申し込みください(連休前後くらいにアップの予定です)

 

                                           英文学科同窓会   eibun-alumni@sophiakai.gr.jp

           

 

(最終)上智英文90年チラシ.pdf

2018年、英文学科は90歳のお誕生日を迎えることとなりました。

英文学科同窓会では英文学科の90年のあゆみをまとめた記念誌『上智英文 90年』を発行いたします。

6月16日(土)13時30分から英文学科同窓会総会と出版記念シンポジウム&祝賀会をソフィアンズクラブにて開催いたします。

『上智英文 90年』は、創立当時からの貴重な資料や写真をはじめ、各年代の学長・学部長・学科長の年譜、ロゲンドルフ先生、刈田元司先生、ピーター・ミルワード先生、渡部昇一先生から高柳先生まで英文学科をリードしてきてくださった先生方のプロファイル、元ファーストレディの細川佳代子さん、ジャーナリストの松本方哉さん、作詞家の売野雅男さん、作家の諸田玲子さんなど活躍する卒業生の寄稿など、盛りだくさんの内容となっています。

発行予定は2018年5月中旬ですが、英文学科同窓会の皆さまにむけて定価2500円のところ2000円で先行販売をいたします。

先行販売の申し込み及び6月16日の申込みにつきましてはまた改めてご案内いたします。

 

                                      英文学科同窓会副会長 平野由紀子

                                                                                                  eibun-alumni@sophiakai.gr.jp

 

 

 

 2018年  年頭のごあいさつ

                         上智大学英文学科同窓会 会長 巽 孝之

 

わたしが上智大学英文科へ入学したのは 1974年 4月のことです。

 教授陣がフル参加するオリエンテーション・キャンプもさることながら、大学院の先輩たちによる新入生歓迎会も催されたのを記憶しています。そしてその折に配布されたのが、上智大学英文学会発行の機関誌『英米文学研究』第 18号でした。 B5判タイプ印刷 76ページ、集英社や研究社、旺文社、大修館書店などの広告も多数入りどっしりしたもの。表紙には "--Vol.18--1973"とあるものの編集後記には「 昭和 49年 [1974年 ]1月」の日付が記されているので、 新入生歓迎会の時にはめでたく完成したばかりだったのではないでしょうか。巻頭言が刈田元司先生、論考にはフランシス・マシー先生の J・ D・サリンジャー論や近藤啓子先輩の T・ S・エリオット論、日下隆平先輩の W・ B・イエーツ論、服部洋介先輩のアンブローズ・ビアス論と力作が並んでいました。けれども、驚いたのは、山田豊先輩が堪能なフランス語を駆使してヴァレリー論を、森本真一先輩がのちに比較文学者となる萌芽ともいうべき三島由紀夫論を寄稿していたこと。この学科は英米文学ばかりでなくフランス文学や日本文学にも造詣が深い方々がひしめいているのか、とその幅広さに感服したものです。もともと英文科にはヨゼフ・ロゲンドルフ先生をはじめとして中野記偉先生、カリー先生まで、比較文学の伝統があることを知ったのは、入学後かなりあとになってからのことでした。

 さて、  1958年から18号まで続いたこの雑誌はどうやらこれが最終号だったようですが、その翌年 1975年には上智大学英文学会が発足し、院生を中心とした学術雑誌『上智英語文学研究』が創刊され、これは 21世紀現在に至るまで続いています。同年には、すでに 1969年に発足していた上智大学大学院卒業生を中心とする研究組織がサウンディングス英語英文学会として改組して学術誌『 SOUNDINGS』を創刊し、こちらも健在。じっさい大学院に入ったあとには青山義孝先輩や舟川一彦先輩が、読書会まで開いて懇切丁寧な指導をしてくださったのが忘れられません。上智大学英文科には教授を中心としたいわゆるゼミがないので、このように、在学中はもちろん卒業後も先輩が後輩を慮り、それをさらなる後輩に渡して行く伝統が、以後も脈々と受け継がれているのだと思います。

 以上、個人的な回想をもまじえたのは、われわれの同窓会においても、恩師の先生方はもちろん、シェイクスピア研究会やサウンディングスの先輩方が惜しみなく協力してくださっているからです。昨年 2017年には恩師のうちでもとりわけ同窓会に力を注いでくださった渡部昇一先生とピーター・ミルワード先生がお亡くなりになりました。加えて中世英文学を教えてくださった永盛一先生も帰らぬ人となり、まことに寂しい限りです。

 しかし、奇しくも今年は、 1928年に英文科が発足して 90周年。この機会に、偉大な先生方の学問的業績によって蓄積された見える伝統とともに、先輩たちから後輩たちに継承された見えない伝統についても網羅する英文科 90年史を編纂しようと、いま英文科同窓会の中に特別に設置した編集委員会では準備に余念がありません。早ければ来る 5月の ASFにはお届けできるでしょう。

 どうぞお楽しみに!

10月8日(日)午後1時半から上智大学2号館5階学生食堂においてミルワード先生の追悼集会が開催されました。

聖歌「いつくしみ深き」を歌ったあと、高柳俊一先生による聖書朗読と追悼のお祈りがありました。聖歌「また会う日まで」を歌ってミルワード先生への感謝の祈りを捧げました。

その後、高柳先生、中野記偉先生、山本浩先生、大塚寿郎先生、田村真弓先生、巽孝之同窓会会長がそれぞれミルワード先生との思い出を語ってくださいました。

茶話会では小野昌先生のご発声で始まり、集まった方々が一言づつ先生とのエピソードをお話していただき、なつかしいダジャレからシェイクスピア研究についてまで、幅広い先生の生涯を振り返るひと時を参加者が共有することができました。最後に上智大学校歌を歌い、ミルワード先生にお別れをいたしました。

 

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上智大学英文学科と上智大学英文学科同窓会ではミルワード先生の追悼集会を開催致します。

 

日 時 10月8日(日)13時半から15時半

場 所 上智大学2号館5階学生食堂

参加費 3000円

 

詳細につきましては後日ご案内致します。

 

なお、英文学科同窓会フェイスブックもご覧ください。

https://www.facebook.com/sophia.e.lit.alumuni/

8月22日にイグナチオ教会主聖堂で行われたミルワード先生の葬儀ミサでの高柳神父様のお説教です。

  本年は数ヶ月前に、名誉教授の渡部昇一氏が他界され、続いて私が米国留学から戻った時の最初の学生の一人だった永盛一氏が亡くなられました。ミルワード神父が本年帰天された3人目ということになります。英文学科の黄金時代が過ぎ去っていくのを感じます。91歳のミルワード神父は、つい2・3週間前に入院されるまでお達者で、その間、かつ、いつも執筆の手を休められず、最後に入院される日まで続けてられていました。 

  おしなべて平均寿命が年々長くなることと合わせて、そのことを思いながら、ふと私の脳裏にシェイクスピアの後期のロマンス劇「シンベリーン」 の以下の言葉が浮かび上がってきました。

"By medicine life may be prolonged, yet death will seize the doctors too" ("Cymbeline" Scene V)

(医学によって人の人生は長くなるかもしれないが、それでも死は医者たちも捕まえてしまうだろう)

  ミルワード神父を含む私たち4・5人ほどが朝食のためにいつも同じ、6時半に食堂に現れていました。彼はテーブルの会話ではほとんど毎日のように、シェイクスピアの言葉を暗唱し「駄洒落」を連発していました。だからシェイクスピアのこの言葉をいまミルワード神父に捧げようと思います。なにしろ彼にとってシェイクスピアの言葉は聖書の言葉と同じ重みを持っていたからです。

  ミルワード神父は1925年10月12日、ロンドン南郊外の瀟洒な Barnes という地区で生まれ、以後Wimbledonで中等教育を終えるまで父母のもとで育てられました。Wimbledon は有名なテニス場があり国際試合が執り行われるところですが、かつて7・8年前までは、大げさにいえば、そこの教会はロンドン郊外のイエズス会英国管区の一大司牧拠点であり、教会の他に、中高学校がありました。現在は教区が受け持つようになったということを、英国の有名な知識人向けのカトリック週刊誌Tablet で何年か前に読んだと思います。

  ミルワード神父のご両親はともにカトリックでありましたが、お父さんは改宗者、おそらく母親がもとからのカトリックであったということを、戦後まもなく、落ち着いた時、祖国ドイツに帰郷し日本へ戻る途中にロンドンに寄ってミルワード神父の父母を訪ねたロゲンドルフ先生から聞かされています。家族は両親と弟と妹、4人家族だったようです。今ではご両親はもちろん他界されているでしょうが、弟さんと妹さんはどうされているのか、その考えがふと私の脳裏を横切ります。ミルワード神父の手がけた多くの教科書の中に父親との手紙のやり取りがテクストになっているものもあったと思います。しかし彼は家族について語られることはほとんどありませんでした。そこがドイツのラインランド地方で生まれ育ったオープンな性格のロゲンドルフ神父との違いでした。

  ミルワード神父はイエズス会に入会、修練期を経て哲学を学び、普通だったら将来、オックスフォード大学で古典語を教えるか、いくつかあった中高の一つに派遣されて一生を送っていたことでしょう。しかし彼は日本に行くことを選び、志願し、1955年秋来日し、2年間日本語を学び、日本語習得中、横須賀に近い田浦から週一回、四谷の上智で英文学を教え始めました。

  上智大学は同じイエズス会でもドイツ管区にまかされており、英文学科でも Roggen, Roggendorf といったドイツからの人材が英国のケンブリッジ、ロンドン大学で学位を取り、来日し、学科の中心を占めていたのでした。この状態は私たちが入学した1951年でもあまり変わってはいませんでした。ネイティブ・スピーカー(といってもにわかごしらえで送り込まれた米国人のイエズス会員)は1・2年生に英語力を徹底的に教え込むことに専念していました。

  ミルワード神父は英国管区とはあまり関係のなかった日本宣教区に志願して来日したわけで、日本語学校2年終了後、すぐ石神井の神学院で4年間神学を学び3年目に司祭に叙階され、その後10ヶ月ほどの第三修練期を広島で行った後、上智の英文科で教え始め、以後70歳まで教鞭をとられ、その後、執筆と公開講座で教えることをつづけていました。今では珍しくなくなった学生のための夏休み英国旅行を組織し、引率するのを20年間くらい続けてこられました。結局彼は62年を日本、四谷のキャンパスで過ごされたわけです。

  戦後、スペイン、南欧等々のイエズス会の若者の間に日本熱が盛り上がり、1960年代後半まで、各国から神学生が続々とやってくるようになりましたが、英国からは後のミルワード神父が最初であり、その後3人ほど来日しましたが、最後まで残ったのは最初に来日した彼と、もう一人の英語学科のMike Milward だけでした。だから上智の共同体で最後は唯一の英国人の一人ということで、貴重な存在でありました。

  巷ではアメリカ文学が隆盛を極め、戦前に代わってアメリカ英語が勢いをふるっていました。だからブリティッシュ・イングリッシュは希少価値がありました。そいういうわけでミルワード神父の大活躍の下地はできていました。おまけに彼はオックスフォードの学位を持っていましたので、日本英文学会、シェイクスピア学会などで注目され、長らくそれそれの学会で活躍し、重要視される人物であり、率直に言って残念ながら我々イエズス会員の後続の中に彼の活躍を受け継ぐ人材が当面見当たらないことでありましょう。

  一つ、彼についての逸話を紹介しましょう。まだ神学の課程をはじめたばかりのミルワード神学生は、当時、日本管区長との面談の折、新約聖書学を専門に研究して、将来聖書学を教えたいと訴えたようです。当時のアルーべ管区長の答えは、河の流れの真ん中で乗っている馬を換えることはできないというものでした。

  これが本当だったのか、アポクリファ、作り話だったのかはわかりませ。とにかく、その後、司祭になった彼は、それから上智大学英文学科で熱心に70歳まで英文学を教えることになり、学会活動、多くの学術論文、さらには一般向け英語教科書、副読本を休みなく執筆し、出版されたことは驚嘆せざるを得ません。それらは(英)文学の知識を通して我が国民をキリスト教精神に目覚めさせ、カトリックの教えに導く意図があったわけです。

  さてミルワード神父の性格はイノセントで、多少、いや大いに、常識はずれ、あの Chesterton の名作探偵小説の主人公 Father Brown を思わせるものでした。誰から彼のことを absent-minded professor と呼んでも、彼は笑いながら自分からそれを使い、自称し、逆用したいたものでした。確かに、彼がどうやって、どのようなことがきっかけで、この日本に行くことを決意したのかはわかりません。それを語ってもらいたかったと思いましたが、英国人の国民性には日本人の遠慮とか恥ずかしさの感覚に通じる reserve というものがあるようです。しかしabsent-minded といわれても、彼はそれを越えて向こう側を見る、見たいと希求していたに違いありません。彼が他界した今、彼の innosence, absent-mindedness は、そこから出てきたのではないかと思わせられるのです。

  ミルワード神父の生涯はユーモアと駄洒落で人を喜ばせる一生でありました。そして彼は今、聖パウロとともにまじめに、真剣になって言うでしょう。

死よ、お前の勝利はどこにあるのか。                                        死よ、お前のとげはどこにあるのか。  コリント15・54,55

  

 

英文学科の恩師・永盛 一先生が6月15日にご逝去されました。

3月には大学の合宿で新潟まで行ったり東京に出かけたりお元気だったそうですが、3月末に体調を崩され、5月半ばに入院し、突然のお知らせとなりました。

英文学科同窓会の立ち上げのときには駆けつけて下さり、スピーチをしていただきました。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 

通 夜  6月19日 18時から

告別式 6月20日 11時から

場  所  JAホール下館(茨城県筑西市)

 

 

高柳俊一名誉教授記念模擬授業「『薔薇の名前』の7日間」

 

 去る528日(日)、オール・ソフィアンズ・デーで賑わうキャンパスの一室で、40名ほどの聴衆を前に、高柳俊一名誉教授記念模擬授業「『薔薇の名前』の7日間」が行われました。ウンベルト・エーコの小説『薔薇の名前』にまつわる高柳先生の講義の論点は以下の2点でした。一つは、小説にフランシスコ会修道士バスカヴィルのウィリアムとベネディクト会の見習い修道士メルクのアドソが登場することから、ベネディクト修道会とフランシスコ修道会の違いについて、もう一つは、この小説が7日間の出来事として7章に分けられていることの意味についてでした。

 一点目に関して、高柳先生は、修道会の成り立ちについてお話しになりました。そもそも教会制度は街で始まったけれども、世俗化を嫌った敬虔な信者は、荒れ地での生活を望んで修道会を設立した。こうしてベネディクト会修道会が発生したが、富が集中し、腐敗が見られたので、さらなる改革を求めてフランシスコ会やドミニコ会といった托鉢修道会が誕生した。修道士には貴族の子弟が多く、彼らは農耕よりも学問を好んだため、修道院では写本が盛んになった。『薔薇の名前』も、アリストテレスの「喜劇論」を読みたい、書き写したいという「知識への欲望」が殺人事件を引き起こしたのである、と高柳先生はお話しされました。

二点目に関して高柳先生は、「神の創造の7日間」との関連をお話しになりました。旧約聖書によると、「7日目に世界は終わる」とありますが、『薔薇の名前』も、春の日中で小説が始まり、夜の暗闇、火事の場面で小説が終わる、というように聖書を踏まえた構成になっているとのことです。

まとめとして高柳先生は、『薔薇の名前』を通じてエーコが伝えたかったことは、「文化の確立には根気がいる」ことである、つまり「古典文化に戻る、ルネッサンス、文明の再生である」と述べられました。

 最後に高柳先生は、もう一つの修道会、イエズス会について言及されました。イエズス会は托鉢修道会の流れを汲むけれども、ローマ中心で中央集権的な制度を取り、秩序を守るのが特徴であるとのことでした。

 こうして一時間ほどお話をされた後で、高柳先生は「そろそろいいでしょう」とニヤリと笑って講義を締めくくられました。

 その後の質疑応答で『薔薇の名前』の映画版への感想を求められると、高柳先生は「小説とは別のジャンルで物足りない」とお答えになられ、さらに長年かけて編纂された『新カトリック大辞典』の完成をご報告なさいました。

 その後、和やかな懇親会で高柳先生との学生時代の思い出話に花が咲き、英文科同窓会は幕を閉じました。

英文学科同窓会主催の渡部昇一先生追悼集会の開会時間が変更になりました。

(14時から ⇒ 13時30分から)

下記のソフィア会HPでご確認ください。

また出席申し込みはエントリーシートで受け付けております。

よろしくお願いいたします。

 

http://www.sophiakai.gr.jp/news/faculty/2017/2017061002.html

英文学科同窓会では先日お亡くなりになられた渡部昇一先生の追悼集会を開催します。

 

日時   2017年6月10日(土曜日)14時から16時

場所   上智大学13号館3階会議室

参加費 3000円 (一部、追悼文集作成の費用に充てさせていただきます)

 

申し込みにつきましては後日ソフィア会Webサイト掲載のエントリーシートからお願いいたします。

 

問合せ 英文学科同窓会 eibun-alumni@sophiakai.gr.jp

 

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ご案内は↑をご覧ください

写真は一昨年のASFで82卒集会でお招きした高柳先生の模擬授業での一枚

2017年4月19日(水)聖イグナチオ教会聖マリア聖堂にて、御家族による葬儀ミサが執り行われました。

司式のピーター・ミルワード神父様のお説教と、マイク・ミルワード先生による写真が届きましたのでご紹介いたします。

山形県鶴岡市ご出身の先生と、ウィリアム・シェイクスピア、そしてナザレのイエスを、同じ「田舎者」として紹介されたミルワード神父様。その暖かく信仰にあふれたお話は、ともに英文学科の、先生の教え子としての私たちの心を打つものでした。

天国でシェイクスピアとイエス様と語らっておられる先生が目に浮かぶようです。

一昨年、英文学科同窓会では先生をお招きして講演会を開催致しました。その時のお元気なお姿、情熱あふれる学問に対する姿勢、常に前向きに物事に取り組んでいらっしゃる生き方を、柔和な微笑みとともに思い出しております。

英文学科同窓会では6月か7月に追悼集会を予定しております。詳細につきましては決まり次第ソフィア会英文学科ブログ、上智大学英文学科FBにてご案内いたします。

渡部昇一先生葬儀説教メモ.pdf

17-04-19 RIP Watanabe.pdf

 

今年4回目となる同窓会会員大会を5月28日(日)ASFの日に四谷キャンパスで開催します。

高柳先生の模擬授業と懇親会を予定しています。

どうぞ皆さま、この貴重な機会を逃さないようお誘い合せのうえお集まりください。

今回は事前エントリーは致しませんが、多くの皆さまがいらっしゃると想定し会場と懇親会の食事をご用意します。

詳しい内容は下記をご覧くださいませ。

                                                                                                  英文学科同窓会

                                                                               eibun-alumni@sophiakai.gr.jp

上智大学英文学科同窓会第4回会員大会と高柳俊一名誉教授特別模擬授業開催のお知らせ.docx

2016年度 ご卒業のみなさま おめでとうございます

 

これからは英文学科同窓生として、英文学科同窓会で先輩や恩師の方々との親睦・交流の機会にぜひご参加ください。

また、後輩の学生のために、皆さまのご協力をよろしくお願いします。いま同窓会では学生支援を考えておりますが、なかなか進んでいないのが現状です。フレッシュなアイディアや提案をお待ちしています。

同窓会の活動などの情報は、上智大学ソフィア会Webサイト、英文学科同窓会FB、この英文学科同窓会ブログにてご覧いただけます。年一回の会員大会と講演会、懇親会等が主な活動です。学年のクラス会など開催予定がありましたら同窓会までお知らせください。より多くの同窓生にご案内してきたいと思います。

同窓会を運営するのは役員会です。若い役員を常時募集しています。

 

 

2017年度 新入生のみなさま ご入学おめでとうございます

 

英文学科同窓会は卒業生の集まりですが、ソフィア会は学生も準会員ですので、講演会等行事にご参加いただけます。ぜひ学びの場のひとつとしてご参加ください。

みなさまとお会いできるのを楽しみにしております。

 

                                          上智大学英文学科同窓会 

                                       eibun-alumni@sophiakai.gr.jp

 

上智大学英文科同窓会

 

2017年のご挨拶

巽 孝之

(上智大学英文科同窓会会長)

 

 昨秋 2016 10月にはフランスのパリとイタリアのボローニャにおける国際会議へ出席するため出張し、ほぼ十年ぶりにヨーロッパを廻りました。その折に認識を新たにしたのは、世界的文豪にしてノーベル文学賞でも常連候補ウンベルト・エーコの勤務したボローニャ大学は 1088年の創設以来千年になんなんとする歴史をもちローマ教皇庁お墨付きの世界最古の大学であり 、ルネッサンスの折には能力次第で女子学生の入学もすでに許されていたという先覚者的性格です。 フランシスコ・ザビエルを祖のひとりとするイエズス会が長く経営し、 2013年には創立 100百周年を迎えた上智大学にも、その精神は受け継がれているでしょう。それは我が国の大学にして、その内部には狭い意味における日本を超えた時空間が保証されていることを意味します。現在の上智大学では、イエズス会士にして教育研究でも業績を挙げている多様な国籍の教授陣がどんどん減少していると聞きますが、わたしが学んだ 1970年代の四谷の学内には SJハウスを中心に日本国内でありながら一切の国境を超越したかのような雰囲気が広がっており、それが広く国際性として喧伝され、高度成長期における海外雄飛を促進しました。

 しかし、そのころいかにも口当たり良く流通した国際性の本質には、もうひとつ重要なファクターが潜んでいたことを忘れてはなりません。先日、 2017 1 6日(金曜日)に英語学科名誉教授の松尾弌之先生が上智大学アメリカ・カナダ研究所創立 30周年記念講演「私とアメリカ・上智とアメリカ」を行なわれましたが、第四十五代アメリカ合衆国大統領トランプの本質を抉るあまりにも鋭利な洞察に加えて、戦前に上智大学で教鞭を執られ、戦時中には戦艦ミズーリ号の従軍司祭となったチャールズ・ロビンソン神父のエピソードには、深く感銘を受けた次第です。終戦直後、 1945 9月に横須賀から入港するやいなや、ロビンソン神父は食糧や衣料を抱えてまっさきに上智大学へ足を運び、その第一声は「帰って参りました」であったというのですから。イエズス会のあるところ、それが神父にとって唯一無二の帰宅すべき家であったというこの事実を承けて、松尾先生はそこに「日本でありながら日本ではない特殊な時空間」が存在していたことを指摘されましたが、わたしも同感です。仮に大使館や在日米軍基地であれば、治外法権の場ということになるでしょう。それに比べればイエズス会はいささか曖昧な場所かもしれません。けれども、まさにそのように国籍を超越した修道会があったからこそ戦時中にも一定の自由が守られたことは、事実なのです。

 かつて 慶応四年(1868年) 5 15日、薩長倒幕派と旧幕府軍が血で血を洗う戊辰戦争のさなか、江戸中がてんやわんやとなり砲声が轟きわたっている非常事態の渦中で、慶應義塾大学の創設者・福沢諭吉は平然と塾生たちにブラウン大学学長フランシス・ウェーランドの経済書を講述し続けました。これは現在でも、大学というのは世間の一切の動乱に惑わされず学問研究にいそしむのが本分という福沢の思想を体現した出来事として、慶應義塾大学では5 15日を福沢先生ウェーランド経済書講述記念日に制定しています。

 さて、このたび、昨秋 11 6日(日曜日)の同窓会では記念シンポジウムが行なわれた巽豊彦名誉教授の遺著『人生の住処』(彩流社、 2016年)には、第二次世界大戦が激越をきわめる渦中ですら、ヨゼフ・ロゲンドルフ先生が  SJハウス内クルトゥルハイムで文化的催しを続行していたことが回想されています。敗戦へなだれこむ米軍による大空襲の直後でさえ、そうした催しはやむことがありませんでした。若き日にロゲンドルフ師によって洗礼を授けられた中世哲学の権威・今道友信教授は当時をふりかえって、警戒警報の鳴り響くなか、ドビュッシーの「沈める寺」の演奏に続いてロゲンドルフ師が含蓄の深い講演「死に面する信仰について」を行ない、「愛が死を通して残る」というメッセージを残されたことを明かしておられます(「忘れえぬ夜の集ひ」、『一粒の麦ーーヨゼフ・ロゲンドルフ師追悼文集』 [南窓社、 1983 ]所収)。戊辰戦争時の福沢諭吉の毅然とした態度と、第二次世界大戦時のロゲンドルフ師の超然とした態度は、教育機関を一切の政治的制約を免れた学問の自由、教育の自由、言論の自由の場として捉え続けた点において、あまりにもみごとに重なり合います。

 国家内部にありながら国家的制約を免れた自由な時空間ーーこの条件こそが最終的にイエズス会を核心とする上智大学における国際性の発露へと発展していったことを、いま銘記しておきます。

 

11月6日開催された巽豊彦名誉教授生誕百周年記念シンポジウムの写真です。

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