2018年  年頭のごあいさつ

                         上智大学英文学科同窓会 会長 巽 孝之

 

わたしが上智大学英文科へ入学したのは 1974年 4月のことです。

 教授陣がフル参加するオリエンテーション・キャンプもさることながら、大学院の先輩たちによる新入生歓迎会も催されたのを記憶しています。そしてその折に配布されたのが、上智大学英文学会発行の機関誌『英米文学研究』第 18号でした。 B5判タイプ印刷 76ページ、集英社や研究社、旺文社、大修館書店などの広告も多数入りどっしりしたもの。表紙には "--Vol.18--1973"とあるものの編集後記には「 昭和 49年 [1974年 ]1月」の日付が記されているので、 新入生歓迎会の時にはめでたく完成したばかりだったのではないでしょうか。巻頭言が刈田元司先生、論考にはフランシス・マシー先生の J・ D・サリンジャー論や近藤啓子先輩の T・ S・エリオット論、日下隆平先輩の W・ B・イエーツ論、服部洋介先輩のアンブローズ・ビアス論と力作が並んでいました。けれども、驚いたのは、山田豊先輩が堪能なフランス語を駆使してヴァレリー論を、森本真一先輩がのちに比較文学者となる萌芽ともいうべき三島由紀夫論を寄稿していたこと。この学科は英米文学ばかりでなくフランス文学や日本文学にも造詣が深い方々がひしめいているのか、とその幅広さに感服したものです。もともと英文科にはヨゼフ・ロゲンドルフ先生をはじめとして中野記偉先生、カリー先生まで、比較文学の伝統があることを知ったのは、入学後かなりあとになってからのことでした。

 さて、  1958年から18号まで続いたこの雑誌はどうやらこれが最終号だったようですが、その翌年 1975年には上智大学英文学会が発足し、院生を中心とした学術雑誌『上智英語文学研究』が創刊され、これは 21世紀現在に至るまで続いています。同年には、すでに 1969年に発足していた上智大学大学院卒業生を中心とする研究組織がサウンディングス英語英文学会として改組して学術誌『 SOUNDINGS』を創刊し、こちらも健在。じっさい大学院に入ったあとには青山義孝先輩や舟川一彦先輩が、読書会まで開いて懇切丁寧な指導をしてくださったのが忘れられません。上智大学英文科には教授を中心としたいわゆるゼミがないので、このように、在学中はもちろん卒業後も先輩が後輩を慮り、それをさらなる後輩に渡して行く伝統が、以後も脈々と受け継がれているのだと思います。

 以上、個人的な回想をもまじえたのは、われわれの同窓会においても、恩師の先生方はもちろん、シェイクスピア研究会やサウンディングスの先輩方が惜しみなく協力してくださっているからです。昨年 2017年には恩師のうちでもとりわけ同窓会に力を注いでくださった渡部昇一先生とピーター・ミルワード先生がお亡くなりになりました。加えて中世英文学を教えてくださった永盛一先生も帰らぬ人となり、まことに寂しい限りです。

 しかし、奇しくも今年は、 1928年に英文科が発足して 90周年。この機会に、偉大な先生方の学問的業績によって蓄積された見える伝統とともに、先輩たちから後輩たちに継承された見えない伝統についても網羅する英文科 90年史を編纂しようと、いま英文科同窓会の中に特別に設置した編集委員会では準備に余念がありません。早ければ来る 5月の ASFにはお届けできるでしょう。

 どうぞお楽しみに!

10月8日(日)午後1時半から上智大学2号館5階学生食堂においてミルワード先生の追悼集会が開催されました。

聖歌「いつくしみ深き」を歌ったあと、高柳俊一先生による聖書朗読と追悼のお祈りがありました。聖歌「また会う日まで」を歌ってミルワード先生への感謝の祈りを捧げました。

その後、高柳先生、中野記偉先生、山本浩先生、大塚寿郎先生、田村真弓先生、巽孝之同窓会会長がそれぞれミルワード先生との思い出を語ってくださいました。

茶話会では小野昌先生のご発声で始まり、集まった方々が一言づつ先生とのエピソードをお話していただき、なつかしいダジャレからシェイクスピア研究についてまで、幅広い先生の生涯を振り返るひと時を参加者が共有することができました。最後に上智大学校歌を歌い、ミルワード先生にお別れをいたしました。

 

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上智大学英文学科と上智大学英文学科同窓会ではミルワード先生の追悼集会を開催致します。

 

日 時 10月8日(日)13時半から15時半

場 所 上智大学2号館5階学生食堂

参加費 3000円

 

詳細につきましては後日ご案内致します。

 

なお、英文学科同窓会フェイスブックもご覧ください。

https://www.facebook.com/sophia.e.lit.alumuni/

8月22日にイグナチオ教会主聖堂で行われたミルワード先生の葬儀ミサでの高柳神父様のお説教です。

  本年は数ヶ月前に、名誉教授の渡部昇一氏が他界され、続いて私が米国留学から戻った時の最初の学生の一人だった永盛一氏が亡くなられました。ミルワード神父が本年帰天された3人目ということになります。英文学科の黄金時代が過ぎ去っていくのを感じます。91歳のミルワード神父は、つい2・3週間前に入院されるまでお達者で、その間、かつ、いつも執筆の手を休められず、最後に入院される日まで続けてられていました。 

  おしなべて平均寿命が年々長くなることと合わせて、そのことを思いながら、ふと私の脳裏にシェイクスピアの後期のロマンス劇「シンベリーン」 の以下の言葉が浮かび上がってきました。

"By medicine life may be prolonged, yet death will seize the doctors too" ("Cymbeline" Scene V)

(医学によって人の人生は長くなるかもしれないが、それでも死は医者たちも捕まえてしまうだろう)

  ミルワード神父を含む私たち4・5人ほどが朝食のためにいつも同じ、6時半に食堂に現れていました。彼はテーブルの会話ではほとんど毎日のように、シェイクスピアの言葉を暗唱し「駄洒落」を連発していました。だからシェイクスピアのこの言葉をいまミルワード神父に捧げようと思います。なにしろ彼にとってシェイクスピアの言葉は聖書の言葉と同じ重みを持っていたからです。

  ミルワード神父は1925年10月12日、ロンドン南郊外の瀟洒な Barnes という地区で生まれ、以後Wimbledonで中等教育を終えるまで父母のもとで育てられました。Wimbledon は有名なテニス場があり国際試合が執り行われるところですが、かつて7・8年前までは、大げさにいえば、そこの教会はロンドン郊外のイエズス会英国管区の一大司牧拠点であり、教会の他に、中高学校がありました。現在は教区が受け持つようになったということを、英国の有名な知識人向けのカトリック週刊誌Tablet で何年か前に読んだと思います。

  ミルワード神父のご両親はともにカトリックでありましたが、お父さんは改宗者、おそらく母親がもとからのカトリックであったということを、戦後まもなく、落ち着いた時、祖国ドイツに帰郷し日本へ戻る途中にロンドンに寄ってミルワード神父の父母を訪ねたロゲンドルフ先生から聞かされています。家族は両親と弟と妹、4人家族だったようです。今ではご両親はもちろん他界されているでしょうが、弟さんと妹さんはどうされているのか、その考えがふと私の脳裏を横切ります。ミルワード神父の手がけた多くの教科書の中に父親との手紙のやり取りがテクストになっているものもあったと思います。しかし彼は家族について語られることはほとんどありませんでした。そこがドイツのラインランド地方で生まれ育ったオープンな性格のロゲンドルフ神父との違いでした。

  ミルワード神父はイエズス会に入会、修練期を経て哲学を学び、普通だったら将来、オックスフォード大学で古典語を教えるか、いくつかあった中高の一つに派遣されて一生を送っていたことでしょう。しかし彼は日本に行くことを選び、志願し、1955年秋来日し、2年間日本語を学び、日本語習得中、横須賀に近い田浦から週一回、四谷の上智で英文学を教え始めました。

  上智大学は同じイエズス会でもドイツ管区にまかされており、英文学科でも Roggen, Roggendorf といったドイツからの人材が英国のケンブリッジ、ロンドン大学で学位を取り、来日し、学科の中心を占めていたのでした。この状態は私たちが入学した1951年でもあまり変わってはいませんでした。ネイティブ・スピーカー(といってもにわかごしらえで送り込まれた米国人のイエズス会員)は1・2年生に英語力を徹底的に教え込むことに専念していました。

  ミルワード神父は英国管区とはあまり関係のなかった日本宣教区に志願して来日したわけで、日本語学校2年終了後、すぐ石神井の神学院で4年間神学を学び3年目に司祭に叙階され、その後10ヶ月ほどの第三修練期を広島で行った後、上智の英文科で教え始め、以後70歳まで教鞭をとられ、その後、執筆と公開講座で教えることをつづけていました。今では珍しくなくなった学生のための夏休み英国旅行を組織し、引率するのを20年間くらい続けてこられました。結局彼は62年を日本、四谷のキャンパスで過ごされたわけです。

  戦後、スペイン、南欧等々のイエズス会の若者の間に日本熱が盛り上がり、1960年代後半まで、各国から神学生が続々とやってくるようになりましたが、英国からは後のミルワード神父が最初であり、その後3人ほど来日しましたが、最後まで残ったのは最初に来日した彼と、もう一人の英語学科のMike Milward だけでした。だから上智の共同体で最後は唯一の英国人の一人ということで、貴重な存在でありました。

  巷ではアメリカ文学が隆盛を極め、戦前に代わってアメリカ英語が勢いをふるっていました。だからブリティッシュ・イングリッシュは希少価値がありました。そいういうわけでミルワード神父の大活躍の下地はできていました。おまけに彼はオックスフォードの学位を持っていましたので、日本英文学会、シェイクスピア学会などで注目され、長らくそれそれの学会で活躍し、重要視される人物であり、率直に言って残念ながら我々イエズス会員の後続の中に彼の活躍を受け継ぐ人材が当面見当たらないことでありましょう。

  一つ、彼についての逸話を紹介しましょう。まだ神学の課程をはじめたばかりのミルワード神学生は、当時、日本管区長との面談の折、新約聖書学を専門に研究して、将来聖書学を教えたいと訴えたようです。当時のアルーべ管区長の答えは、河の流れの真ん中で乗っている馬を換えることはできないというものでした。

  これが本当だったのか、アポクリファ、作り話だったのかはわかりませ。とにかく、その後、司祭になった彼は、それから上智大学英文学科で熱心に70歳まで英文学を教えることになり、学会活動、多くの学術論文、さらには一般向け英語教科書、副読本を休みなく執筆し、出版されたことは驚嘆せざるを得ません。それらは(英)文学の知識を通して我が国民をキリスト教精神に目覚めさせ、カトリックの教えに導く意図があったわけです。

  さてミルワード神父の性格はイノセントで、多少、いや大いに、常識はずれ、あの Chesterton の名作探偵小説の主人公 Father Brown を思わせるものでした。誰から彼のことを absent-minded professor と呼んでも、彼は笑いながら自分からそれを使い、自称し、逆用したいたものでした。確かに、彼がどうやって、どのようなことがきっかけで、この日本に行くことを決意したのかはわかりません。それを語ってもらいたかったと思いましたが、英国人の国民性には日本人の遠慮とか恥ずかしさの感覚に通じる reserve というものがあるようです。しかしabsent-minded といわれても、彼はそれを越えて向こう側を見る、見たいと希求していたに違いありません。彼が他界した今、彼の innosence, absent-mindedness は、そこから出てきたのではないかと思わせられるのです。

  ミルワード神父の生涯はユーモアと駄洒落で人を喜ばせる一生でありました。そして彼は今、聖パウロとともにまじめに、真剣になって言うでしょう。

死よ、お前の勝利はどこにあるのか。                                        死よ、お前のとげはどこにあるのか。  コリント15・54,55

  

 

英文学科の恩師・永盛 一先生が6月15日にご逝去されました。

3月には大学の合宿で新潟まで行ったり東京に出かけたりお元気だったそうですが、3月末に体調を崩され、5月半ばに入院し、突然のお知らせとなりました。

英文学科同窓会の立ち上げのときには駆けつけて下さり、スピーチをしていただきました。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 

通 夜  6月19日 18時から

告別式 6月20日 11時から

場  所  JAホール下館(茨城県筑西市)

 

 

高柳俊一名誉教授記念模擬授業「『薔薇の名前』の7日間」

 

 去る528日(日)、オール・ソフィアンズ・デーで賑わうキャンパスの一室で、40名ほどの聴衆を前に、高柳俊一名誉教授記念模擬授業「『薔薇の名前』の7日間」が行われました。ウンベルト・エーコの小説『薔薇の名前』にまつわる高柳先生の講義の論点は以下の2点でした。一つは、小説にフランシスコ会修道士バスカヴィルのウィリアムとベネディクト会の見習い修道士メルクのアドソが登場することから、ベネディクト修道会とフランシスコ修道会の違いについて、もう一つは、この小説が7日間の出来事として7章に分けられていることの意味についてでした。

 一点目に関して、高柳先生は、修道会の成り立ちについてお話しになりました。そもそも教会制度は街で始まったけれども、世俗化を嫌った敬虔な信者は、荒れ地での生活を望んで修道会を設立した。こうしてベネディクト会修道会が発生したが、富が集中し、腐敗が見られたので、さらなる改革を求めてフランシスコ会やドミニコ会といった托鉢修道会が誕生した。修道士には貴族の子弟が多く、彼らは農耕よりも学問を好んだため、修道院では写本が盛んになった。『薔薇の名前』も、アリストテレスの「喜劇論」を読みたい、書き写したいという「知識への欲望」が殺人事件を引き起こしたのである、と高柳先生はお話しされました。

二点目に関して高柳先生は、「神の創造の7日間」との関連をお話しになりました。旧約聖書によると、「7日目に世界は終わる」とありますが、『薔薇の名前』も、春の日中で小説が始まり、夜の暗闇、火事の場面で小説が終わる、というように聖書を踏まえた構成になっているとのことです。

まとめとして高柳先生は、『薔薇の名前』を通じてエーコが伝えたかったことは、「文化の確立には根気がいる」ことである、つまり「古典文化に戻る、ルネッサンス、文明の再生である」と述べられました。

 最後に高柳先生は、もう一つの修道会、イエズス会について言及されました。イエズス会は托鉢修道会の流れを汲むけれども、ローマ中心で中央集権的な制度を取り、秩序を守るのが特徴であるとのことでした。

 こうして一時間ほどお話をされた後で、高柳先生は「そろそろいいでしょう」とニヤリと笑って講義を締めくくられました。

 その後の質疑応答で『薔薇の名前』の映画版への感想を求められると、高柳先生は「小説とは別のジャンルで物足りない」とお答えになられ、さらに長年かけて編纂された『新カトリック大辞典』の完成をご報告なさいました。

 その後、和やかな懇親会で高柳先生との学生時代の思い出話に花が咲き、英文科同窓会は幕を閉じました。

英文学科同窓会主催の渡部昇一先生追悼集会の開会時間が変更になりました。

(14時から ⇒ 13時30分から)

下記のソフィア会HPでご確認ください。

また出席申し込みはエントリーシートで受け付けております。

よろしくお願いいたします。

 

http://www.sophiakai.gr.jp/news/faculty/2017/2017061002.html

英文学科同窓会では先日お亡くなりになられた渡部昇一先生の追悼集会を開催します。

 

日時   2017年6月10日(土曜日)14時から16時

場所   上智大学13号館3階会議室

参加費 3000円 (一部、追悼文集作成の費用に充てさせていただきます)

 

申し込みにつきましては後日ソフィア会Webサイト掲載のエントリーシートからお願いいたします。

 

問合せ 英文学科同窓会 eibun-alumni@sophiakai.gr.jp

 

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ご案内は↑をご覧ください

写真は一昨年のASFで82卒集会でお招きした高柳先生の模擬授業での一枚

2017年4月19日(水)聖イグナチオ教会聖マリア聖堂にて、御家族による葬儀ミサが執り行われました。

司式のピーター・ミルワード神父様のお説教と、マイク・ミルワード先生による写真が届きましたのでご紹介いたします。

山形県鶴岡市ご出身の先生と、ウィリアム・シェイクスピア、そしてナザレのイエスを、同じ「田舎者」として紹介されたミルワード神父様。その暖かく信仰にあふれたお話は、ともに英文学科の、先生の教え子としての私たちの心を打つものでした。

天国でシェイクスピアとイエス様と語らっておられる先生が目に浮かぶようです。

一昨年、英文学科同窓会では先生をお招きして講演会を開催致しました。その時のお元気なお姿、情熱あふれる学問に対する姿勢、常に前向きに物事に取り組んでいらっしゃる生き方を、柔和な微笑みとともに思い出しております。

英文学科同窓会では6月か7月に追悼集会を予定しております。詳細につきましては決まり次第ソフィア会英文学科ブログ、上智大学英文学科FBにてご案内いたします。

渡部昇一先生葬儀説教メモ.pdf

17-04-19 RIP Watanabe.pdf

 

今年4回目となる同窓会会員大会を5月28日(日)ASFの日に四谷キャンパスで開催します。

高柳先生の模擬授業と懇親会を予定しています。

どうぞ皆さま、この貴重な機会を逃さないようお誘い合せのうえお集まりください。

今回は事前エントリーは致しませんが、多くの皆さまがいらっしゃると想定し会場と懇親会の食事をご用意します。

詳しい内容は下記をご覧くださいませ。

                                                                                                  英文学科同窓会

                                                                               eibun-alumni@sophiakai.gr.jp

上智大学英文学科同窓会第4回会員大会と高柳俊一名誉教授特別模擬授業開催のお知らせ.docx

2016年度 ご卒業のみなさま おめでとうございます

 

これからは英文学科同窓生として、英文学科同窓会で先輩や恩師の方々との親睦・交流の機会にぜひご参加ください。

また、後輩の学生のために、皆さまのご協力をよろしくお願いします。いま同窓会では学生支援を考えておりますが、なかなか進んでいないのが現状です。フレッシュなアイディアや提案をお待ちしています。

同窓会の活動などの情報は、上智大学ソフィア会Webサイト、英文学科同窓会FB、この英文学科同窓会ブログにてご覧いただけます。年一回の会員大会と講演会、懇親会等が主な活動です。学年のクラス会など開催予定がありましたら同窓会までお知らせください。より多くの同窓生にご案内してきたいと思います。

同窓会を運営するのは役員会です。若い役員を常時募集しています。

 

 

2017年度 新入生のみなさま ご入学おめでとうございます

 

英文学科同窓会は卒業生の集まりですが、ソフィア会は学生も準会員ですので、講演会等行事にご参加いただけます。ぜひ学びの場のひとつとしてご参加ください。

みなさまとお会いできるのを楽しみにしております。

 

                                          上智大学英文学科同窓会 

                                       eibun-alumni@sophiakai.gr.jp

 

上智大学英文科同窓会

 

2017年のご挨拶

巽 孝之

(上智大学英文科同窓会会長)

 

 昨秋 2016 10月にはフランスのパリとイタリアのボローニャにおける国際会議へ出席するため出張し、ほぼ十年ぶりにヨーロッパを廻りました。その折に認識を新たにしたのは、世界的文豪にしてノーベル文学賞でも常連候補ウンベルト・エーコの勤務したボローニャ大学は 1088年の創設以来千年になんなんとする歴史をもちローマ教皇庁お墨付きの世界最古の大学であり 、ルネッサンスの折には能力次第で女子学生の入学もすでに許されていたという先覚者的性格です。 フランシスコ・ザビエルを祖のひとりとするイエズス会が長く経営し、 2013年には創立 100百周年を迎えた上智大学にも、その精神は受け継がれているでしょう。それは我が国の大学にして、その内部には狭い意味における日本を超えた時空間が保証されていることを意味します。現在の上智大学では、イエズス会士にして教育研究でも業績を挙げている多様な国籍の教授陣がどんどん減少していると聞きますが、わたしが学んだ 1970年代の四谷の学内には SJハウスを中心に日本国内でありながら一切の国境を超越したかのような雰囲気が広がっており、それが広く国際性として喧伝され、高度成長期における海外雄飛を促進しました。

 しかし、そのころいかにも口当たり良く流通した国際性の本質には、もうひとつ重要なファクターが潜んでいたことを忘れてはなりません。先日、 2017 1 6日(金曜日)に英語学科名誉教授の松尾弌之先生が上智大学アメリカ・カナダ研究所創立 30周年記念講演「私とアメリカ・上智とアメリカ」を行なわれましたが、第四十五代アメリカ合衆国大統領トランプの本質を抉るあまりにも鋭利な洞察に加えて、戦前に上智大学で教鞭を執られ、戦時中には戦艦ミズーリ号の従軍司祭となったチャールズ・ロビンソン神父のエピソードには、深く感銘を受けた次第です。終戦直後、 1945 9月に横須賀から入港するやいなや、ロビンソン神父は食糧や衣料を抱えてまっさきに上智大学へ足を運び、その第一声は「帰って参りました」であったというのですから。イエズス会のあるところ、それが神父にとって唯一無二の帰宅すべき家であったというこの事実を承けて、松尾先生はそこに「日本でありながら日本ではない特殊な時空間」が存在していたことを指摘されましたが、わたしも同感です。仮に大使館や在日米軍基地であれば、治外法権の場ということになるでしょう。それに比べればイエズス会はいささか曖昧な場所かもしれません。けれども、まさにそのように国籍を超越した修道会があったからこそ戦時中にも一定の自由が守られたことは、事実なのです。

 かつて 慶応四年(1868年) 5 15日、薩長倒幕派と旧幕府軍が血で血を洗う戊辰戦争のさなか、江戸中がてんやわんやとなり砲声が轟きわたっている非常事態の渦中で、慶應義塾大学の創設者・福沢諭吉は平然と塾生たちにブラウン大学学長フランシス・ウェーランドの経済書を講述し続けました。これは現在でも、大学というのは世間の一切の動乱に惑わされず学問研究にいそしむのが本分という福沢の思想を体現した出来事として、慶應義塾大学では5 15日を福沢先生ウェーランド経済書講述記念日に制定しています。

 さて、このたび、昨秋 11 6日(日曜日)の同窓会では記念シンポジウムが行なわれた巽豊彦名誉教授の遺著『人生の住処』(彩流社、 2016年)には、第二次世界大戦が激越をきわめる渦中ですら、ヨゼフ・ロゲンドルフ先生が  SJハウス内クルトゥルハイムで文化的催しを続行していたことが回想されています。敗戦へなだれこむ米軍による大空襲の直後でさえ、そうした催しはやむことがありませんでした。若き日にロゲンドルフ師によって洗礼を授けられた中世哲学の権威・今道友信教授は当時をふりかえって、警戒警報の鳴り響くなか、ドビュッシーの「沈める寺」の演奏に続いてロゲンドルフ師が含蓄の深い講演「死に面する信仰について」を行ない、「愛が死を通して残る」というメッセージを残されたことを明かしておられます(「忘れえぬ夜の集ひ」、『一粒の麦ーーヨゼフ・ロゲンドルフ師追悼文集』 [南窓社、 1983 ]所収)。戊辰戦争時の福沢諭吉の毅然とした態度と、第二次世界大戦時のロゲンドルフ師の超然とした態度は、教育機関を一切の政治的制約を免れた学問の自由、教育の自由、言論の自由の場として捉え続けた点において、あまりにもみごとに重なり合います。

 国家内部にありながら国家的制約を免れた自由な時空間ーーこの条件こそが最終的にイエズス会を核心とする上智大学における国際性の発露へと発展していったことを、いま銘記しておきます。

 

11月6日開催された巽豊彦名誉教授生誕百周年記念シンポジウムの写真です。

なお写真の取り扱いには十分ご注意ください。

 

 

https://photos.google.com/share/AF1QipOTI1bAYBiuo3iyvx7rZRGQkzGST2jftPdnQ_s5GigiFt20yY0uMq5-XGqunTA7Eg?key=b0Y1Y3VLTWl4VnBxWWNROUVTbHYyRXBtQUlfT01R

 

11月6日(日)上智大学四谷キャンパス2号館508教室においてシンポジウム、続いて5階学生食堂で懇親会が開催されました。

このシンポジウムにあわせて彩流社より刊行された巽豊彦先生のこれまでの論文等をまとめた「人生の住処」に基づき、ピーター・ミルワード上智大学名誉教授、評論家の小谷真理氏、同窓生の三好洋子先生、巽孝之慶應義塾大学教授のシンポジウムは、同窓会役員の吉田紀容美さんの司会によって進められました。

貴重な資料や映像から、戦後40年間の長きにわたって英文学科で教鞭をとられた先生の軌跡をたどり、いかに上智大学と日本のカトリック教会に多大な貢献を残されたのかを学ぶ機会となりました。

親睦会では巽先生のお人柄が覗えるエピソードも続出し、多くの同窓生や他大学の研究者が集い、先生の教えを再確認し交流を深めることができた、叡智の学び舎らしい同窓会でした。

英文学科同窓会副会長 平野由紀子(1982文英)

 

 

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英文学科同窓会では、巽豊彦名誉教授生誕百周年記念シンポジウムを開催します。

ご専門の19世紀英文学、英詩、とりわけジョン・ヘンリー・ニューマンなどについて、

貴重な映像資料を交えながら、上智大学名誉教授ピーター・ミルワード先生、

文芸評論家の小谷真理氏、卒業生の三好洋子氏、

英文学科同窓会会長の巽孝之 慶應義塾大学教授によるパネリストがご登壇予定です。

生誕百年を記念して出版された遺稿集「人生の住処」も当日販売致します。

日時:2018年11月6日(日) シンポジウム 13:30   懇親会 15:00

場所:上智大学四谷キャンパス 紀尾井坂ビル会議室

会費:懇親会2000円

エントリーは9月に入ってからソフィア会Webサイトで開始します。

どうぞ多くの皆様のご参加をお待ちしております。

英文学科同窓会(eibun-alumni@sophiakai.gr.jp) 副会長 平野由紀子

シンポジウム ポスター.pd

Welcome to Sophia English Literature

Alumni Association!

 

 

 

 

 

 

 

 


【上智大学文学部英文学科同窓会ご案内】

英文学科同窓会は2014年、上智大学100周年を機に設立されました。ソフィア会(大学同窓会)と大学、上智学院が全面的にサポートする学部学科同窓会の一つです。

会員は英文学科・研究科の卒業生、教職員、旧教職員、学生で、会員相互の交流・親睦を図り、講演会やシンポジウムなどの開催等文化・啓発活動を行っています。また、学科・研究科の教育・研究の推進のための支援を目的としています。

 

これまでの活動紹介 (順不同)

・高柳俊一名誉教授講演会 ・渡部昇一先名誉教授講演会 ・大学ソフィア祭への寄付

・ピーター・ミルワード名誉教授英詩を語る会    ・中野記偉名誉教授講演会 

・ピーター・ミルワード名誉教授卒寿をお祝いする会

・エンゼル財団連続講演会後援 ・渡部昇一名誉教授叙勲お祝い ・親睦会開催

 

  現在、慶応大学教授の巽孝之会長(1978年卒)、高柳俊一副会長(1952卒)、細川佳代子副会長(1966年卒)等の他、顧問に永富友海英文学科長、監査役に山本浩上智大学短期大学部学長(1970年卒)、そして役員9名で定期的に役員会を開催し、いろいろなイベントを企画し推進しています。若い役員、随時募集中です!

 

 同窓会活動については、主に「上智大学英文学科同窓会facebook」、ソフィア会Webサイトから入る「英文学科同窓会ブログサイト」、「ソフィア会メールニュース」からご覧いただけます。また、ソフィア会に登録されているメールアドレスから企画等ご連絡させていただいています。

 

今年から卒業生名簿を作成して今後の同窓会活動に役立てたいと考えております。本日ご卒業の皆様は2016年度卒業生として新規登録しますので、QRコードから同窓会アドレス宛に、お名前、ご住所、連絡先のメールアドレス、連絡先の電話番号を送信してください。いただいた情報は同窓会活動にのみ使用させていただきます。

 

キャンパスを離れて、さらに強まる絆が同窓会のつながりです。どうぞ皆様のご登録、同窓会活動へのご参加をお待ちしています。     [問合わせ先 同窓会副会長 平野由紀子(82卒)]

                   

 

上智大学英文科同窓会

 

2016年のご挨拶

巽 孝之

(上智大学英文科同窓会会長)

 

 謹賀新年。

 わたしたちの同窓会も発足後三年目に入りました。その年頭にご挨拶できることを、

心よりうれしく思います。

 

 一般に「同窓会」という概念を組織として表す場合の英語は"alumni association"

ですが、同窓会総会当日のことは"home coming day"と呼びますね。親しい級友

たちとともに学んだ母校がひとつの「故郷」転じては「我が家」に見立てられている

のは興味深い限りです。そこへ帰れば、いつでも懐かしい顔ぶれと再会できるーー

これは何にも代えがたい魅力でしょう。

 

 もっとも、昨今では昔お世話になった先生方の訃報に接することも少なくありませ

ん。昨年2015128日には、わたしたちにアメリカ文学を教えてくださったフラン

シス・マシー名誉教授がお亡くなりになりました。享年 89

 マシー先生は日本文学におけるキリスト教的背景を中心に研究・翻訳を続けた

比較文学者としても名高く、イエズス会神父としても熱心な布教活動で知られてい

ました。

 ウィリアム・フォークナーやソール・ベロー、ジョン・チーヴァーといったアメリカの

主流文学作家を研究するとともに、夏目漱石の『門』や遠藤周作『おバカさん』の

英訳をこなし、ラルフ・ウォルドー・エマソンと北村透谷の比較文学研究では余人の

追随を許さなかったのです。

 その教え方は情熱的にして厳しいもので、学生が誰かのノートを丸写ししている

のが発覚すると、それを取り上げ、ビリビリとまっぷたつに引き裂いたというエピソー

ドも残っています。

 わたし自身、学部時代は比較文学を専攻し、大学院時代以降はアメリカ文学を

専攻するようになったため、1974年の学部入学時代から 83年の大学院修了時点

まで 9年間、教室のみならず聖書研究会に至るまで、公私問わずさまざまな局面で

先生の薫陶を受けました。強烈な個性の持ち主であった先生方ひとりひとりについ

て思い出を刷新していくのも、同窓会の役割のひとつかもしれません。

 

 昨今の我が国ではいささか不穏な政治的空気が漂い、昨年 201568日には

文部科学大臣が教育系および人文系の廃止ないし再編成を求める下記の要請を

出し、わたしたちが学んできた英語英米文学のカリキュラム自体が危機を抑圧しよう

としたものです。

 「特に教員養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院については、18

人口の減少や人材需要、教育研究水準の確保、国立大学としての役割等を踏まえ

た組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極

的に取り組むよう努めることとする」。

 現在、この一節をめぐって、文科省は「誰も人文系を潰すなどとは言っていない、

この文章では『教員養成系学部・大学院』は『組織の廃止』にかかり、『人文社会学

系学部・大学院』は『社会的要請の高い分野への転換』にかかるのだ」と苦しまぎれ

の弁明をしていますが、日本語を母語とせずとも正規の日本語文法を習得した者な

らば、断じてそうは読めないのは火を見るよりも明らかです。最終的には文科省は

「これは文章が下手な役人が草稿執筆したにすぎない」と言い逃れの策を打ちまし

たが、はてこのように文意が通じぬテクストを公表して恥じることのない知性に最も

不足しているものこそは、人文的教養ではなかったでしょうか?

 

 英語英米文学をもその重要な一翼とする人文学教育は、まぎれもなく我が国の

近代化の歩みとともに浸透し、その結果、わたしたち上智大学英文科で学んだ同窓

生たちのかけがえのない「故郷」にして「我が家」となりました。そうした「ホーム」へ

戻って来られなくなったら一大事というほかありません。その意味においても、わたし

たちは同窓会の集いすなわち「ホームカミング・デイ」を絶やさぬよう力を合わせて

いきたいものです。

 

 

昨年1月28日に天国に旅立たれたフランシスコ・マシー先生の一周忌追悼ミサのご案内です。

主催は先生がご指導なさっていた水曜会を中心としたグループ有志の方々ですが、

出席連絡とお問い合わせは同窓会宛にお願い致します。

eibun-alumni@sophiakai.gr.jp

締切は1月20日です。

 

マシー神父様一周忌 HP FB用.docx