9月5日、未明から降り始めた雨の中、東京2020最終日は東京ドーム前でのパラリンピックマラソンボランティアとして迎えました。昔から雨男雨男と言われ続けてきた私ですが、山あり谷あり(ばっかり(笑))の東京2020ボランティア活動の再終幕で雨を呼び込んでしまう引きの強さに苦笑を禁じえませんでした。
その時には、実施までにこれほど長い時間がかかり、これほどいろいろなことが起こるとは夢にも思ってもいませんでした。
まずはラグビーワールドカップのボランティアに従事していたちょうどその頃、マラソン開催地が札幌に変更。2019年のマラソングランドチャンピオンシップのボランティア参加で着々と準備を進めていたのに、無くなってしまうなんて⤵。そしてコロナウィルス感染症蔓延による一年延期⤵。
延期の上にオリンピックでの活動は無しになってしまうのかなと悲観的になっていたら、横浜スタジアムでのソフトボール・野球競技のファーストレスポンダー(救急スタッフ)のオファーがあり、ほっと一息⤴。ところが開催直前に決まった無観客開催に伴い、現地でのベニュートレーニングの場で活動無しの通告を受けて再び奈落の底へ⤵。ソフトボール・野球両競技とも日本が劇的な試合で優勝しました。「本当だったらあの決勝の場にいられたのに..」とテレビの前で優勝を喜びながら複雑な思いでいっぱいでした。
選手のお役に立ちたいという動機で希望した競技スタッフ。担当は有明アリーナでの「スポーツ・インフォメーション」チームでした。一言で表すと大会本部と各国選手の接点のような役割で、ルーティンとして決まっているのはチームへの試合映像を記録したUSBを手渡すことくらいで、その他は各種の問い合わせ対応がメイン。と言ってもマニュアルがある訳ではなく、受けた質問について自分たちで調べてその回答を基にQ&A集を作ることから始めるような手探り状態。。コピー用紙に手書きのマニュアルは、最終的に20ページ分くらいになりました。そんな業務の傍ら、「せっかく世界中から来てくれる選手たちに楽しんでもらおう」とサービス精神満載のチームメンバーは多士済々。各国の国旗の折紙で鶴を折ったり、事務連絡用のホワイトボードに有明アリーナの全景と選手へのメッセージを描き(書き)込んだりして、殺風景だったサイトが日に日にカラフルに。。これには本部も想定外だったようで、毎日のように視察に訪れては「いいですね」と声をかけてくださいました。
また選手への食事の手渡し拠点にもなっており、各国の事情やお国柄が垣間見えて楽しかったです。コロナ関連で非常に厳しく管理されている国はミニマムの注文で、かつ取りに来ないこともありました。一方では食事が待ちきれず選手一人ひとりが勝手に我々のサイトの中にまで乗り込んで来て余っているほかの国の分まで欲しがるような国もあり、対策としてバリケードを築かなければならないような事態もありました。またスポーツ・インフォメーションチームには、メンバーの中に複数の車いす利用者の方がいらして、活動を通じて意識せずに自然と対応ができるようになったのは大きな学びでした。また元選手やクラブのメンバーがいらしたため、選手やチームの情報を教えてもらい、日ごとに試合を見る楽しみが増えていきました。メンバーの大半はボランティア活動が初めてで、中には京都や名古屋から期間中ホテルなどに泊まり込んで参加されている人もいました。そんなメンバーさんに囲まれて、リーダーとしての仕事は活動や食事が固定した顔ぶれにならないように毎日シフトを組み替えたり、じゃんけんで決めたりとみんなに楽しんで活動してもらえるようにするくらいでした。
大会が始まった頃は厳しい残暑で、太陽を恨めしく思いながら豊洲の駅から木陰を伝いながら通った道も、終盤は秋らしくまた雨も多くなり少し寂しく感じながらもメンバーと一緒に活動できるのが楽しみで通いました。日本チームは男女とも決勝リーグに進出、特に男子は決勝でアメリア相手にあと一歩で勝利という大活躍を演じました。そんな感動を近くでボランティアメンバーと一緒に経験できたのは、一年延期されオリンピックでの活動がなくなってしまった不運を差し引いてもとても貴重な体験でした。
活動を終了して約1か月が経っていますが、この文章を書く中でいろいろ記憶を呼び起こしながら懐かしく噛みしめています。中には次のパリ大会での参加を目ざして活動を始めたメンバーもいますが、私も第二外国語でやったきりご無沙汰のフランス語を最近再開したことを皆さんにお伝えして筆を擱きたいと思います。♪Votre toast je peux vous le rendre. Señors, señors, car avec les soldats...♪