2023年 巽 孝之 同窓会会長 年頭ご挨拶

それは百周年から始まった

巽 孝之

 

 われわれの同窓会の準備委員会が発足した 2013年は、上智大学創立百周年の年だった。

  とはいえ、 それは、個人的には大変な年だった。

   4月には、かつて上智大学英文科で教え、上智短期大学では英語科長も務めた父・巽豊彦が寝たきりになったため、われわれ夫婦は 20年ほど暮らした港区三田のマンションを完全に引き払い、渋谷区恵比寿の自宅における同居生活に入った。

  6月には、ワシントン DCで開かれた第9回ハーマン・メルヴィル国際会議に出席し、パネルに出演するとともに、二年後の 2015年には日本で行う第10回のため、北米メルヴィル学会幹部たちと綿密に計画を練った。

  7月には、母方の従弟が勤務する建設会社の命でシンガポール転勤になるも、その長男が大学受験生だと言うので、7月より我が家で預かることになった。

  同じく7月には、日本 SF作家クラブの 50周年事業の一つとして、過去二年ほど準備してきた第二回国際 SFシンポジウムを実行委員長として仕切らねばならず、約2週間にわたり、海外作家たちとともに、広島、大阪、京都、名古屋、東京、福島を巡回した。

  10月には、カリフォルニア州サンフランシスコの学会出張から帰国するや否や、かつて恩師・刈田元司先生が 1960年代には結成に尽力され第3代会長を務められた日本アメリカ文学会の年次大会において、第 16代会長に選出されてしまい、年末からは翌年に向けた新たな学会運営に本腰を入れねばならなくなった。

 そして 12月の 9日には、ついに父が逝去し、高柳俊一先生の司式により、イグナチオ教会で葬儀が執り行なわれた。

かくも多忙を極める折に、平野副会長から同窓会発足と会長就任の話が来たのだから、並の神経であれば断っていただろう。にもかかわらず引き受けたのは、決してワーカホリックというわけではなく、やはり父の逝去が大きかった。

東京帝国大学文学部出身であるから、父は生え抜きではない。明らかに外様なのだが、しかしローマン・カトリックの敬虔な信仰者という点で、戦後すぐの就職以来、上智大学を愛してやまなかった。

私自身が上智大学へ入学するのも、当然ながら父の影響である。なにしろ幼少期から、食卓では刈田先生、ミルワード先生、英語学科の野口先生の名前をしばしば耳にし、電話を取り次いだことも一度や二度ではない。渡部先生の著作はデビュー以降、その全てが献呈されていた。

高柳先生によれば、かつて父が「英語青年」に寄稿した論考の原稿料を、まだ助手だった先生ご自身が恵比寿の拙宅へ届けた経験もあるという。それほどに「上智大学」は、空気のごとく「自然」なものだった。したがって、現副会長が「いずれは英文科の歴史をふりかえる企画もやりたい」と語ったのが、決定打になった。

その構想が、加藤めぐみ氏を編集長に迎えた『上智英文 90年』(彩流社、 2018年)にまとまったのは、まだ記憶に新しいだろう。以後十年が経とうとしている。だが、同窓会十周年の回想そのものは、来年に回そう。

今年、どうしても言及しておかねばならないのは、2021年に小林章夫先生、 2022年に高柳俊一先生が、相次いでお亡くなりになったことである。

 小林先生は、直接お習いする機会はなかったが、常に仰ぎ見る先輩だった。 18世紀英文学を足場に研究でも翻訳でも広く範囲を広げていかれたのは周知の通りだが、『コーヒー・ハウス――都市の生活史、18世紀ロンドン』(駸々堂出版、 1984年)は、それまで新批評的精読が支配的だった我が国の英語英米文学研究の世界へ投じられた新歴史主義批評としても文化研究としても出色だった。

2015年に慶應義塾大学文学部 125周年記念シンポジウム「文学部の将来像――日本の大学におけるリベラル・スタディーズの意義」にお招きした時には、現在の人文系を批判的に発展させるにはどうしたらいいか、具体的なヴィジョンを示されたのが印象に残っている。

 他方、高柳先生は、刈田先生、秋山先生と並ぶ博士課程時代の恩師である。ノースロップ・フライもフランク・カーモードもウォルター・オングも、高柳先生を通して知り、リーディング・コースの課題となった。 ご専門は T S・エリオットだが、主著『精神史のなかの英文学――批評と非神話化』(南窓社、 1977年)の知的射程は驚くほど幅広く、何度読み返したかわからない。日本語でも英語でも難なく多くの論文や書評を発表され、グローバル時代に日本人英文学者があるべき一つの理想像を確実に体現されていたと思う。

2017 5月に静岡大学で行われた日本英文学会第89回全国大会では、畏れ多くも先生の招待発表「 T S・エリオット研究の展望――過去、現在、未来」の司会を務めさせていただいたが、この時先生は、ジョンズ・ホプキンズ大学出版局から刊行が始まったばかりの詳注付エリオット全集も熟読しておられ、そのたゆまぬ知的鍛錬には感銘を受けた。

 おふたりが残した学統は、上智英文で長く引き継がれていくことだろう。

 

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