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第5回上智大学法学部同窓会(SLA)ゴルフコンペが、10/3(水)鶴舞カントリー倶楽部(東コース)にて開催されました。

昨年と同様、大きな台風(24号:東京ではJRが20時以降計画運休)が日本上空を縦断した数日後でしたが、当日は晴天の下、暴風で飛ばされていたラフの枝々に負けることなく(笑)、総勢19名・5組に分かれ、初めての東コース開催でのラウンドとなりました。

ラウンドの後は、懇親会場に一堂に会して、すばらしい賞品をいただきながら楽しいひと時を過ごすことができました。

本年もゴルフコンペの運営にあたりましては中村大利さん、江川健二さんにご準備切り盛りいただきまして、本当にありがとうございました。

今後も、上智大法学部卒業生であれば、年齢、性別はもちろんのこと、ゴルフの経験、スコアも全く問いませんので、お気軽に是非一度、ご参加下さい。楽しみにしています!
上智大学法学部卒業生の皆さんの「学生時代の思い出」を不定期に掲載しています。あんな人、こんな人、いろんな人が登場しています。

第11回目は上田輝彦さんです。
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学生時代の思い出
私の上智大学時代は硬式庭球によって大部分が占められている。上智大硬式庭球同好会連盟の「WALL」に所属し、同期は14名程度、全体としては40~50名のメンバーがいた。

練習は週2~3回。明治神宮外苑テニス場、神宮霞ヶ丘テニス場、猿江恩賜公園庭球場、有明テニスの森公園など。合宿は年3回。春は白子(千葉)、夏は山中湖(山梨)などで全体合宿や同期合宿を行った。習い始めの頃、早く上達したくて、練習のない日は千駄ヶ谷駅近くの東京体育館裏の壁打ち場にも通った。

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同好会同士の団体対抗戦が多く、夏は「ソフィアオープン」という上智大硬式庭球同好会連盟主催のシングルス・ダブルス・ミックスダブルス戦が各地で開催されるため、それらに合わせて強化練習するのが常だった。

現在6号館が建っているところに学生会館があり、その中の学生食堂の東北角あたりの2連テーブルが、非公式ながら同好会の拠点となって、授業の合間に集まってはそこで仲間と楽しい会話をしてまた授業に出かけるという毎日だった。

当時、テニス選手は、男子ならマッケンロー、レンドル、コナーズ、女子はクリス・エバート、ナブラチロワが全盛時代。今のように、日本人選手が世界で活躍する時代は夢のまた夢という感じであった。

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現在、テニスは少し縁遠くなってしまったが、上智大ですばらしい先輩・同期・後輩に恵まれ、現在はゴルフやOB会でご一緒させていただいている。大切な人たちとの当時の貴重な思い出は一生忘れないだろう。

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上田輝彦
1989年法学部法律学科卒業
上智大学法学部同窓会副会長
WIPジャパン株式会社代表取締役会長

法学部同窓会は、7月12日(木)18時30分から2号館13階の法学部大会議室において、俳句講演会を開催しました。

今回は「蕪村・想像力の飛翔」をテーマとして、NPO法人双牛舎の共同代表である大澤水紀雄氏(俳号・水牛)より一時間半に亘り講演をしていただきました。

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芭蕉の約70年後、江戸の中期に登場した与謝蕪村について

・摂津国東成郡毛馬村(現大阪市都島区毛馬町)に生まれ、20歳そこそこで江戸に出て「俳諧か画業か」どちらかで身を立てようと志す。

・その後、夜半亭早野巴人(宗阿)の門人となり俳人「宰鳥」として名を上げ始めるが、師匠病没後、同門の家(下総結城(現茨城県))に身を寄せて約10年間修行を積み、宗匠として「蕪村」と名乗り始める。

・その後、画家として京都に移住、画名を上げて京都に一戸を構え妻を迎え、55歳で夜半亭を襲名、画俳両道の第一人者となる。

蕪村の特徴として

・写生的な芭蕉に比べ、蕪村は空想の翼を羽ばたかせたような虚構に遊ぶ句が多く、古典・漢籍に通暁していたことがよくわかる。

講演会後は講師を交えた懇親会を南国亭にて行い、和気藹々とした雰囲気の中、学部学科の枠を超えて友好を深めることができました。

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本年中にあと1回の俳句講演会を予定しており、後日改めてご案内しますので、奮ってのご参加をお願いします。


6月27日、法学部同窓会の企画・主催するセミナー、"法と実務の最前線"が開催されました。

シリーズ12回目の今回は、法学部の北村喜宣先生を講師に迎え、「空き家等対策の推進に関する特別措置法」を中心にお話しいただきました。

北村先生は、環境法の第一人者のひとりに目されていますが、いわゆる空き家問題でも、その対応策としての条例や、それ受けた特別措置法の制定などに関与するとともに、複数の自治体で現在、その関連の専門委員を務めています。

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セミナーでは、「棄てられる家屋」と題するパワーポイント資料を活用して、大変わかりやすく解説してくださいました。

また、質疑応答では、この問題が身近なことも反映してか、20名を超える参加者からたくさんの質問が出ましたが、それに対しても専門的な知見、豊富な経験をもとに丁寧にお答えいただきました。

セミナー終了後、恒例の懇親会(手作り)が講師を交えて開かれました。1時間ほどではありましたが、それぞれに話が盛り上がり、和気あいあいのうちに閉じることになりました。

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次回のセミナーは、11月に開催予定です。昨今の立法や政治・経済の動きをみながら、皆様の関心を引くテーマで開催したいと考えています。どうぞお楽しみに。

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上智大学法学部卒業生の皆さんの「学生時代の思い出」を不定期に掲載しています。あんな人、こんな人、いろんな人が登場しています。

第10回目は向山肇夫さんです。
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世界平和に向けた日本国憲法第9条の学問的論究を

地方の高校から、私が新設も間もない上智大学法学部へ入学したのは今から60年あまり前のことになる。

人生とは不思議なもので、後に第79代内閣総理大臣になった細川護煕君が同じ組にいたのが判ったのはズッと後のことで、彼が国会議員選挙に出た時だった。

私が、法学部に入学し最初の授業は寺田四郎法学部部長の「法学概論」だった。度の強い丸い眼鏡をかけて授業で繰り返し言われたのはかの有名なソクラテスの言葉「悪法も法なり」だった。

はじめはその意味も判らなかったが、少しずつ判りかけてきたのは3年生の頃だった。今の3年生はもう就職活動の準備にかかるというから学問としての法学を考える余裕がないのではないかと心配になる。

激化する国際紛争や世界的大企業の合併などで多くの法律論争が展開されており、高度の学問的知識が求められていることは論を待たないだろう。

当時私たち3年と4年生で寺田先生指導のもと会報『上智学生法学論集』(上智大学学生法律学会・1961)を創刊した。私もこれに「日本国憲法第9条に関する一考察」寄稿した。

さらにこの論文をもとに国際連合学生ゼミナールでは、「日本国憲法第9条の国際政治社会学における位置」を発表したり、上智大学ソフィア国際関係研究会誌『流動』創刊号に纏めた覚えがある。国際政治社会学とは、その頃第9条を考える上での私の考えた造語で、今となっては懐かしい。

戦後日本が曲りなりにも平和でいられるのは、日本国憲法第9条のお蔭であるといっていい。今後世界平和に向けた第9条の学問的論究を期待したい。

向山肇夫
1963法法卒
日本ペンクラブ会員

※写真は、会報『上智学生法学論集』創刊号(題字は寺田四郎先生)と会報『流動』創刊号です。

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2018年5月27日(日)オールソフィアンの集い(ASF)に合わせて、法学部同窓会(SLA)も12:45から15:00まで、2号館410教室にて会員大会と懇親会を開催しました。

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会員大会では、この1年間の活動報告と財務報告、本年度の活動予定報告を行い、乾杯の後は、先日「大友二階崩れ(「義と愛と」改題)にて「第9回日経小説大賞」を受賞された赤神諒こと、越智敏裕さん(上智大法科大学院教授・略歴は後述)による講演が行われました。 

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司会の遠藤さん(同窓会役員)

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矢島会長からご挨拶と活動報告

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中村副会長による乾杯

越智敏裕さんによるご講演
タイトル:「人生二刀流」
「一度きりの人生、とことん楽しみましょう!博士課程の院生として上智大学にお世話になって20年ほど。法律家&小説家の悲喜こもごもの舞台裏を語ります。 」
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 1972年京都市生まれ。同志社大学文学部卒、東京大学法学政治学研究科(修士課程)、上智大学大学院法学研究科博士後期課程取得退学、現在、上智大学法科大学院教授。弁護士として専門分野の環境訴訟を担当。2017年12月、歴史小説「大友二階崩れ(「義と愛と」改題)にて第9回日経小説大賞(日本経済新聞社・日本経済新聞出版社共催)を受賞。 
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大学教授、弁護士をお勤めになりながら、小説教室に通い、毎日4千字執筆を日課として小説を書き溜めてきたご経歴、そして「大友二階崩れ」と大友家に仕えた吉弘家についてお話いただきました。

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聴講しながらアンケートにこれで答えます

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聞き入る参加者のみなさん


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受付では、星野さん、柴崎さん(お差し入れにも感謝です)、村瀬さん、おつかれさまでございました!

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参加者のみなさん、実に楽しかったですね。また会いましょう!

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法学部同窓会は、4月19日(木)18時30分から、2号館13階の法学部大会議室において、俳句講演会を開催しました。

今回は「一茶の俳風と生涯」をテーマとして、NPO法人双牛舎の共同代表である今泉恂之介氏(俳号・而云)より一時間半に亘り講演をしていただきました。

講演は、芭蕉と並ぶ国民的俳人である小林一茶の生涯とその人物像に触れ、子供から大人まで広く愛されてきた一茶の俳句の中から特徴的な30句を取り上げ、詳しい解説が行われました。(一茶は生涯を通じて、約2万2千句の俳句を作っています。)

講演会後は講師を交えた懇親会を行い、和気藹々とした雰囲気の中、学部学科の枠を超えて友好を深めることができました。

既にご案内の通り、今年は合計3回の俳句講演会を予定しており、次回は「蕪村俳句の奇想天外」をテーマに、7月12日(木)に開催されます。後日改めてご案内しますので、奮ってのご参加をお願いします。

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第5回お江戸散策ウォーク「麻布坂めぐり」

1. 開催日:4月14日(土)10時~16時

2. 参加人数:18名

3. コース概要:
・世界貿易センタービル前(浜松町・大門)→増上寺,徳川家で墓所拝観→東京タワー展望台→永井坂→飯倉→狸穴坂→東麻布→布十番:ランチ「永坂更級」:界隈散策→きみちゃん像→麻布山善福寺→仙台坂→有栖川宮記念公園→安藤記念教会→麻布氷川神社→一本松坂→暗闇坂→鳥居坂→旧岩崎邸庭園→於多福坂→ケヤキ坂→毛利庭園→六本木ヒルズ(解散/。希望者で懇親会。12kmでした。

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今回参加18名中6名の方が他学部でした。また山梨から1名、さいたまソフィア会から6名参加いただきました。

いろいろな新発見もありました。これが街歩きの面白いところですね。

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18名皆様のご協力のお陰で無事一日楽しくすごせました。皆様有難うございました。

また心配していた天気も今回参加出来なかった方がてるてる坊主を作ってお祈りいただいたこともあり傘をさすこともなく一日を終えることができました。

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幹事の石丸さん(右)に心から感謝です。

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以上

法学部創設60周年第4回お江戸散策ウォーク「赤穂浪士を歩く」開催報告


12月9日(土)快晴のもと両国駅をスタートし、吉良邸から泉岳寺まで約13kmを完歩しました。両国駅10時出発、泉岳寺到着15時50分でした。皆様、お疲れ様でした。

コース概要等以下の通りです。
☆参加人数 7名

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☆コース概要
両国駅→吉良邸→回向院→一之橋→萬年橋→清澄・コーヒータイム→ちくま味噌・振る舞い甘酒→永代橋→高橋→鉄砲洲稲荷→聖路加看護大・旧浅野家下屋敷→築地・ランチ→汐留→芝大門→金杉橋・コーヒータイム→三田→札の辻→高輪大木戸→泉岳寺
(番外編)泉岳寺から浅野内匠頭終焉の地(新橋4丁目)に。切腹最中をお土産に買いました。

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☆吉良邸周辺は元禄市で大変賑わっていました。

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☆次回は来年4月、5月頃を予定しています。皆様の参加をお待ちしております。写真は、岩崎さん、宮崎さんにご協力いただきました。有難うございます。

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幹事の石丸さん(中央)に心から感謝です。 以上

10月28日(土)第3回「お江戸散策」ウォークが和やかに開催されました。歩いたコースは以下の通りです。

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浅草橋駅→柳橋→両国橋→隅田川テラス→芭蕉記念館→芭蕉稲荷神社→清澄庭園→ランチ・深川釜匠で深川めし→江戸深川資料館→深川閻魔堂→おやつタイム甘味処いり江→深川不動尊→富岡八幡宮。


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・当日は台風が接近してきており、雨が心配でしたが 、7割位は傘もささずに歩けました。

・深川めしはあさりも大きく量も多くお腹一杯になりました。
・甘味処いり江には男性陣ばかりで甘味を注文しました。
・散策終了後は懇親会。行列の出来る居酒屋「魚三酒場」へ。
・参加人数は最後なぜか増えて9名で盛り上がって散会しました。

以上、参加者皆様のご協力のもとのんびり楽しく散策できました。有難うございました。

☆次回は、12月9日(土)「赤穂浪士を歩く」を予定しています。


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第4回上智大学法学部(SLA)ゴルフコンペが10/25(水)鶴舞カントリー倶楽部にて開催されました。

今回は大きな台風が日本上空を縦断していた為、開催が非常に危ぶまれていましたが、当日は台風一過の晴天の下、暴風で飛ばされていた枝が多々落ちている中(笑)、総勢15人・4組に分かれて和気藹々の中でラウンド。その後、懇親会場に一堂に会して、会食しながらの楽しいひと時を過ごすことができました。

本年も福田和夫さんが3年連続で優勝、伊達万寿夫さんが準優勝(新ぺリア方式)となりました。

また本年もゴルフコンペの運営にあたりましては中村大利さん、江川健二さんにご準備切り盛りいただきまして、本当にありがとうございました。

今後も、上智大法学部卒業生であれば、年齢、性別はもちろんのこと、ゴルフの経験、スコアも全く問いませんので、お気軽に是非一度、ご参加下さい。楽しみにしています!
上智大学法学部卒業生の皆さんの「学生時代の思い出」を不定期に掲載しています。あんな人、こんな人、いろんな人が登場しています。

第8回目は矢島基美さんです。

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私の学生時代

私にとっての学生生活は、図書館によって彩られている。もちろん、恩師、佐藤功先生との出会い、そのもとでの学びは深く記憶に刻み込まれている(こちらの思い出については『ソフィア』に寄稿し、『わが母校 上智大学』(ぎょうせい、2013)にも収載されている)が、一利用者として、また、貸出・返却業務のアルバイト学生のひとりとして、学生生活の多くの時間を図書館で費やしていたからである。

当時の図書館は、正門を入って左手脇のL号館なる建物にあって、1階に参考雑誌室、いかにも趣のある階段を3階まで上がり通路を隔てた左右に図書貸出・返却室と大閲覧室が配されていた。利用者としての私は、天井が高く、室内を一望できる大閲覧室よりも、新着雑誌が並ぶ参考雑誌室奥のこぢんまりとした閲覧室の方が好きだった。

アルバイトするようになったきっかけが何であったか、今となっては記憶も定かではないが、閉架式(一般学生は書庫に入れない)のゆえに、私たちアルバイト学生はふたり一組で、通例は週日の17時から閉館時間の20時まで、閲覧用紙に記入された図書を書庫に取りに行って貸し出したり、返却された本を書庫に戻したりする作業に従事した。

アルバイト学生には、アルバイト時間以外にも書庫に立ち入ることが認められており、本好きの私にとって実にありがたかった。また、長期休暇には蔵書点検などが実施され、請われてそのお手伝いもしたが、書庫内にはエアコンがなく、夏ともなれば、ねじり鉢巻きと短パンのみで動き回った。まさに隔世の感がある。

矢島基美
1980年法学部法律学科卒業
1982年大学院法学研究科博士前期課程修了
1985年同博士後期課程単位取得中退
現在、法学部教授、法学部長、法学部同窓会副会長

※写真は当時の図書館の様子です

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上智大学法学部卒業生の皆さんの「学生時代の思い出」を不定期に掲載しています。あんな人、こんな人、いろんな人が登場しています。

第8回目は中村大利さんです。

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野球と先生方と仲間たち

大学に入学金納入と同時に、野球部合宿所に。入学式に出た記憶は無い。

昭和39年東京オリンピックの開会式の五輪の輪をグラウンドから口を開けてみていた。東都大学野球連盟の2部に昇格したのが、昭和41年。この時は、学長先生をも含め、当時6,000人の学生の内、3,000人が神宮球場へ、神宮球場から大学まで歩いて、凱旋した。上智の野球熱の高揚の最盛期であった。体育会は野球部とサッカー部が花形であり、体育会本部が体育会を纏めていて、当時の仲間とは今も楽しく、酒を酌み交わしている。

法学部に入学した時と同時に北海道から、品川、内田、石田先生が着任され、比較的自由であった環境が一変したと先輩から伺っている。各先生方は若く、3人揃ってゼミ合宿を行われ、夜一杯ご一緒するのが楽しみであった。お仲間には、粕谷さん、中島さんがおられた。内田先生にご指導頂き、「交通事故の故意と過失」という題で作文を書かせて戴き、会社受験の際提出させてもらった。石田先生とは、会社時代に研究会をお願いし、「D&O役員賠償保険」の開発時ご指導を戴いた。

学長先生が率先して就活指導を戴いた。
は別棟で、理事長・学長には簡単にはお目に掛かれないが、当時は学生の自分も学長室・理事長室には自由に出入りする事ができた。学生数も少なく、個人的に学生を覚えておられ、非常に家庭的な学園であった。

学園紛争
体育会の現役OBを集め、自警団?
ワイシャツは破られ、スクラムの中殴られ、メガネを壊された記憶が生々しく残る。大泉学長が退任され、守屋新学長が就任されて「学園から大学に」変身した。

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中村大利(法学部法律学科 1969卒)
三井住友海上火災保険(株)執行役員関西営業本部長を退職後
公益財団法人自動車リサイクル促進センター資金管理センター担当理事
上智大学体育会硬式野球部OB会 前会長
上智大学法学部同窓会副会長、ソフィア会代議員

2017年5月28日(日)オールソフィアンの集い(ASF)に合わせて、法学部同窓会(SLA)も午後1時から3時まで、2号館407教室にて会員大会と懇親会を開催しました。

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会員大会では、この1年間の活動報告と財務報告を行い、本年作成した法学部同窓会特製の今治タオルマフラーの紹介、乾杯の後は、法学部設立60周年を記念して、ご活躍中の実業家、法学部OB・塩田周三さん(法国・1991年卒・ご経歴は後述)による最新グラフィックスアニメーションの世界や、製造業からエンターテイメントの世界へ転身された異色のキャリアに関する講演が行われました。 

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辻会長からご挨拶と活動報告

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川上財務委員長から会計報告

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三溝副会長(右)と石丸さん(同窓会役員)によるSLA特製今治タオルの紹介

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中村副会長による乾杯

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上田さん(同窓会役員)による講演司会

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塩田さんによる異色のキャリアと世界最先端のコンピュータグラフィックスの講演

講師: 塩田周三さん(上智大法学部国際関係法学科1991年卒)
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新日本製鐡株式会社入社後、ビジネスコンサルタントを経て株式会社ドリーム・ピクチュアズ・スタジオ立ち上げに参画、1999 年ポリゴン・ピクチュアズ入社。2003 年 代表取締役に就任、米国TV シリーズ制作や海外市場をターゲットにしたコンテンツ企画開発を実現。Prix Ars Electronica(豪州)、SIGGRAPH(米)では日本人初の部門審査員を歴任、2008年には、米国アニメーション専門誌「Animation Magazine」が選ぶ「25 Toon Titans of Asia(アジア・アニメーション業界の25傑)」の一人に選定された。2012年に『超ロボット生命体トランスフォーマープライム』のエグゼクティブプロデューサーとして第39回デイタイム・エミー賞アニメーション番組特別部門最優秀賞を受賞。2016年アヌシー国際アニメーション映画祭で審査員を務める。
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聞き入る参加者のみなさん

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質疑応答

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宍戸副会長のリードに合わせ肩を組んで上智大学校歌を高らかに

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受付もおつかれさまでございました
参加者のみなさん、実に楽しかったですね。また会いましょう!

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撮影にご尽力いただいた同窓会役員の宮崎さん、渡邉さん、ありがとうございました! 
上智大学法学部卒業生の皆さんの「学生時代の思い出」を不定期に掲載しています。あんな人、こんな人、いろんな人が登場しています。

第7回目は磯恵一さんです。

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早稲田大学の法学部を卒業した友人から聞いた話ですが、早大には「THE 法学部」と「A 法学部」の二つの学部があるそうです。

我々の時代には上智大学にも二つの法学部があって、私が卒業したのは「ア ホウ学部」の方でした。「A 法学部」の学生は「THE 法学部」の学生とは一線を画していて、教室よりも喫茶店や雀荘に出入りする機会の方が多かったようです。

「A」の方に所属している学生は試験開始の1ヵ月くらい前になると妙にそわそわし、自分が履修していたはずの科目をチェックしたりします。そして「THE」の方に所属している女子学生に「また、ノートを貸して欲しいんだけど」などと頼みます。

「A」の学生は、成績評定の際に出席率が重視される科目よりも「試験一発勝負」とよばれる科目を好んで履修し、「THE」の学生が6ヶ月間の授業で学んだことを2~3週間の勉強で覚えてしまおうとします。そこには当然ムリがあり、友達と手分けして過去問の回答をつくり、ヤマが当たることを祈って試験会場に入ります。そんなことを繰り返しつつも、かろうじて卒業できました。

今になって、あの頃もっと勉強しておけばよかった、と思うこともありますが、当時に戻ることがあれば、また同じことをしているような気もします。法学部同窓会が主催するイベントやセミナーには「THE」も「A」も区別なく、楽しく参加できますので、どこかでお会いできればと思います。

磯 恵一(法学部法律学科 1992卒)
上智大学法学部同窓会役員

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上智大学法学部卒業生の皆さんの「学生時代の思い出」を不定期に掲載しています。あんな人、こんな人、いろんな人が登場しています。

第6回目は星野正樹さんです。

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一年時に、全学クラス別必修の人間学で、フィリピン出身のアビト先生から試験答案を返却されたときのことはよく覚えています。なんと私は、外国人の先生から母語である日本語の誤りを指摘されたのです。とても恥ずかしい思いをしました。

三年時に初めて外国に行き、ニューヨークの国連本部を見学したとき、ガイドが私の上智大学のロゴ入りシャツに気付いて、「上智の学生か?自分もそうだった」と話かけてくれました。非常に嬉しく、上智という国際的な大学にいてよかったと感じました。

四年時、経済法の松下満雄教授のゼミに所属しました。先生のユーモアあふれるお話は楽しく、日米経済摩擦の法的側面とのテーマでは、米国法の「域外適用」に触れ、その後も役立ちました。

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星野正樹(法学部法律学科 1981年卒)
東京都出身 
ソフィア会代議員
上智大学法学部同窓会役員
IHI、大和証券勤務
上智大学法学部卒業生の皆さんの「学生時代の思い出」を不定期に掲載しています。あんな人、こんな人、いろんな人が登場しています。

第5回目は宮崎輝雄さんです。

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私の学生時代の想い出は1年生の頃から本格的に携わってきた語劇祭実行委員会に尽きます。毎年12月初旬に平河町砂防会館で各語劇を上演するイベントです。1年生の1968年の時は気楽にやっていたのですが、12月の語劇祭の前に学園紛争の影響もありにわかに慌ただしくなりました。

そのため翌69年の語劇祭参加グループは3か国語程度に減り、各語劇から派遣されている実行委員も激減。私の所属のドイチェルリンクはその年も公演をすると言う事で私は実行委員会に残りました。
そして副委員長を拝命。とは言っても総勢は実行委員長とたった2人。翌70年には実行委員長をやらざるを得ないと覚悟を決めておりました。

69年の公演の時にいつもお借りしていた会場が翌年には借りられないと砂防会館から言われてしまいました。それで、翌年年明け早々から会場探しに奔走。当時はネットなど無く、都内にある公会堂やホールなどを電話帳で片っ端からリストアップし一覧表を作り当たってみる。日程や予算など念頭に入れあちこちと足を運びこまめにチェックし交渉をする。今と違って当時の公会堂はボロの極み。赤坂公会堂、杉並公会堂などその典型。千代田公会堂は演劇公演には向かない手狭さ。四ツ谷の母校から比較的近くて交通に便利な所として最終的に中野区公会堂に決定。今ある中野ZEROホールの前身。平らな地形にあり大道具の搬入なども容易に出来そう。そして何よりも中野区公会堂の職員さんたちがとても親切で親身になってくれました。

会場が決まれば次は講演を希望する語劇グループに打診。もともと参加予定のフランス語、ドイツ語の他イスパニア語、ロシア語、ポルトガル語の各関係者と相談。結局、イスパとロシア語が参加決定。ポル語は最終的にまとまり切れず公演を断念。
3年生の新学期の単位登録では、必要最低限の30単位しか登録をせず、1単位でも落とすと進級に影響が出かねない背水の陣でスタート。

語劇祭実行委員会の仕事は、各語劇と協力し演劇公演を成功させること。そのためには各語劇グループへの大学からの援助補助を確保すること。まずは稽古をするための会場確保。これは使用する前月までに学生生活課に申請をしますが、当時の学生生活課の職員の皆様にはいつも温かい言葉と支援を頂きました。赤崎さんや課長さんなど皆さんに可愛がっていただき概ね1号館を稽古場として割り振っていただきました。

語劇祭のパンフレット作成に当たっては、諸先輩方を回って広告を掲載していただき広告料をいただくのも大事な仕事でした。また、日本語や英語と違って各語学とも特殊な文字を使うため印刷屋さんが限られていて、原稿や版下、ゲラなどの交渉、校正など印刷屋のある音羽まで足繁く通いました。

大学から支給される活動費は各語劇に配分してしまうため、語劇祭実行委員会としての活動費が枯渇してしまうこと暫し。どうしてもの時は顧問でありましたピタウ理事長にご相談に行くとポケットマネーを下さいました。神父様にお金を頂くなどとても恐れ多いことでした。

夏も過ぎいよいよ秋となると各劇の関係者も慌ただしくしていました。記憶が定かでないのですが、各語劇に入場券付のパンフレットを配布し、その上がりを活動費の回収に充ててもらいました。各劇では仲間内でノルマがあったようにも聞いています。いよいよ語劇週間が始まり各劇ともそこそこに入場者があったように記憶しています。

初日がドイツ語劇、その後の順番は忘れましたが、それぞれの劇でのカーテンコールを舞台のそでで毎日見ていてこちらまで感激してきました。1年間の皆さんの稽古や努力を見てきましたのでそれは人塩でした。
全部の劇が無事打ち上げを迎えた時には、この一年を振り返り万感の思いがこみ上げてきました。今振り返るとその一年間は自分にとっての一生の宝物になったと思いました。今でもその時一緒にやってくれた各劇の皆さんには心から感謝を申し上げます。

当然のことながら4年の時は他のみんなとは異なり朝から晩まで授業に明け暮れ、就職内定先からも必ず卒業するようにと発破をかけられていました。そんな慌ただしかった3年、4年の時でも暇を見つけては旅行に出かけてました。忙しい時ほど時間の遣い方は上手くなるものですね。

宮崎輝雄
法学部 法律学科 
1972年
不動産鑑定士
上智大学法学部同窓会役員
上智大学ソフィア会広報委員 
SNSソフィア会代表

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2017年は法学部設立60周年です。奮ってご参加ください。

上智大学法学部同窓会企画・主催
セミナー "法と実務の最前線"リーズ 第9回

日時:2017年3月23日(木)18:30~20:00
会場:法学部大会議室(2号館13階)
テーマ:トランプ政権のTPP離脱 ― 日本の針路を探る
講師:福島 政裕 東海大学政治経済学部特任教授
     
<講師からのひと言>
環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉で日本と連携してきた米国。その指導者となったトランプ氏が2017年1月23日、「TPP交渉から永久に撤退する」旨の大統領令に署名。日米同盟を深めるはずのTPPが絶望的になり、TPP交渉参加国の足並みも乱れるなど、米国離脱後の構図は描けていません。

TPPに関する著作は少なくありませんが、TPP協定の内容を踏まえた研究は緒に就いたばかりです。TPP交渉は秘密裏に進められ、情報開示はごく一部にとどまっていたためです。

このセミナーでは、政治と経済の総合的視点から、TPPとはどのようなものであり、日本は米国のTPP離脱後の世界にどのように対応したらよいかを探ります。

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「法と実務の最前線」セミナーは、主に、民間企業や官庁などにおいて法律関係の実務にたずさわっている法学部同窓生や、学問研究をおこなっている法学部所属教員を講師としてお迎えし、昨今の立法事情、行政運営、判例の動向など踏まえつつ、できるだけホットでタイムリーな話題を取り上げ、解説なり検討なりを加えていただこうとするものです。

専門性に富んだテーマが展開していくことになりますが、"法と実務の最前線"に接することのできる良い機会ですので、分野を超えた多数の方のご参加を期待しております!

法学部同窓生のほか教職員、大学院生、そして他学部の卒業生も無料で参加できます。

問合せ・申込み: hougakubu-alumni@sophiakai.gr.jp
※お申込みの際は、氏名・卒年・学部・学科をご記入願います。

上智大学法学部卒業生の皆さんの「学生時代の思い出」を不定期に掲載しています。あんな人、こんな人、いろんな人が登場しています。

第4回目は宇佐美諭さんです。

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大学を卒業して40年余り。卒業間近の1ヶ月ほど、寝袋と柔道着を持って出掛けたヨーロッパとモロッコの旅が忘れ難い。旅行会社に勤めていた柔道部の先輩から、格安航空券があるので行ってみないかと誘われたのがきっかけである。親に頼み、費用は工面できた。

ユーレイルパス(乗り放題ヨーロッパ鉄道パス)を利用し、パリからノルウェーのベルゲンまで北上、その後スペインまで南下し、モロッコまでジブラルタル海峡をフェリーで横断する、自由気儘な一人旅であった。雪の積るベルゲンではホームシックを経験した。スイスではアルプスの雄大な風景が気に入り、インターラーケンに数日滞在した。


日本を発つ前、柔道部の先輩からモロッコ在住の日本人柔道家を訪問するよう依頼されていたので、首都ラバトにあるその方の自宅横の道場で1週間ほど稽古をした。奥様はアルジェリア人で料理上手、朝食に出してくれた子羊の料理は全く臭みがなく、羊肉へのイメージを一新した。その間、車に同乗し、カサブランカにも柔道の練習に行った。オリンピック選手もおり、柔道が盛んなのに驚いた。

今振り返ると、若いからできた大胆でハードな旅であったが、この体験を通じて視野が世界に拡がり、後の人生の大きな糧になった。その2年半後に直面した米国での勤務も臆することなく、乗り切ることができた。今振り返れば、あの旅で出会えた全ての人に感謝したい気持ちで一杯である。

宇佐美諭(うさみ さとし)

法学部 法律学科 1975年3月卒
元 上智大学体育会柔道部OB会 会長
智大学ソフィア会 常任委員
上智大学法学部同窓会 副会長

(いずれも写真の一番左が宇佐美さんです)


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上智大学法学部卒業生の皆さんの「学生時代の思い出」を不定期に掲載開始しています。あんな人、こんな人、いろんな人が登場しています。


3回目は辻伸行さんです。

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9704月に上智大学法学部に入学したころはまだ大学紛争が続いており、その翌年の秋であったと思うが、ヘルメットをかぶった学生の乱入より授業が中断され、別の教室に移動して授業を受けた思い出がある。短期のロックアウトもあり学期末試験は3月に入ってから行われたのではなかったかと思う。


1973
年にはオイルショックがあり、町のネオンサインが消え、冬の授業は暖房のない教室で先生も学生もオーバーコートを着込んで行われた。キャンパスを行き交う今の学生の姿を見ると、隔世の感がある。


その後上智の大学院を出て、上智に戻ってきたのは
15年後の19954月である。上智に学ぶ学生の数も私の学生時代より大幅に増え、また、図書館をはじめとして新しい建物が次々建てられていた。大学の知名度もいっそう高くなっていた。


学生として学んだ期間を合わせると
31年間上智大学にお世話になったことになる。良き師、良き学生に恵まれて幸せな大学人であったと思っている。

 

伸行(つじのぶゆき) 
法法
1973卒(19743月)

元上智大学法学部教授

上智大学法学部同窓会 会長

 

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