「会員の広場」第1回 平田賢典(1987・化学卒)

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〔投稿者〕 平田 賢典(1987年化学卒) :理工学部同窓会理事・総務委員長

『同窓会は皆勤賞』

1987年3月に卒業以来毎年開催されてきた研究室の同窓会、昨年は残念ながらコロナ禍の影響で中止となったが、これまで皆勤賞を通してきた。私は、化学科の有機工業化学第二(高分子化学)研究室の出身である。
就職は、科学技術の経済的価値を正当に評価できる社会づくりに貢献したいと考え、化学を学んだがあえて父親が勤務していた銀行に就職した。銀行では、当初の念願がかない数年の支店経験の後で銀行のシンクタンクで研究活動に従事してきた。私の就職した1987年は、いわゆるバブル経済の時代で「文系就職」が流行った時代である。これは、後から聞いた話であるが、当時の化学科の担任のM教授(故人)は父兄向けの就職説明会で「高い費用をかけて化学の教育をしてきて銀行や商社に就職することはとんでもない」とおっしゃっていたとかで、私はそのM教授のおっしゃる「とんでもない学生」の一人であったわけである。

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     2002年緒方先生古稀祝賀パーティー      2017&2018年マクロ会の様子

 

在学当時、高分子化学研究室は緒方直哉教授(故人)が率いていて先生は日本のみならず世界的に高い実績を評価されていた。緒方先生は高分子化学の世界では雲の上の研究者であったが、研究室ではどのような学生にも公平に暖かく接してくださった。それは卒業後も同様で、「化学を裏切って銀行に就職した」私にも化学関連メーカーなどに就職した同期の仲間たちや諸先輩と同じく接してくださった。それが私にとっては、居心地がよく研究室の同窓会は皆勤賞を通してきたわけである。
緒方先生の研究室では、6月末にマクロ会と称する同窓会があり、コロナ禍によりやむを得ず中止となった昨年を除き毎年開催され続けてきた。マクロ会は原則学内の施設で開催され、緒方先生の主旨は「毎年一回くらいは学校に帰ってきてみんなで会おう」ということであった。マクロ会の席では、研究室の最新の研究成果や卒業生の活躍などが披露されるのであるが、化学が嫌いで銀行に就職したわけではない私にとってはそれが心地よい場であった。私のような化学とは関係のない企業に就職した者にも声をかけていただき、仕事の報告をすると耳を傾けていたただけることが何よりもうれしかった。
21世紀に入り、多様性が社会の中で大切にされる時代となってきている。いわゆるダイバシティーの尊重である。前述のM教授のような発言も現代の時代であれば、やや問題発言になっていたかもしれない。もちろんM教授もご存命ならば、社会の価値観の変容に対応して今の時代にそのような発言をされることはなかったであろう。
こうして皆勤賞を続けてきた同窓会のご縁で、研究室の先輩からお誘いを受け理工学部同窓会の活動にも関わらせていただいている。
私はこれからの同窓会の場においては「多様性の尊重」がますます大切になっていくものと考えている。理工学部同窓会であるから、理工系の仕事に関わってきた方々の集まりとは限らず、理工系の世界の価値観のみが語られる場でもない。社会の縮図として多様な経験をした仲間が、それぞれの経験やそれを通じて得た知を語り合い、母校のそして後輩や仲間の活動に何らかの貢献をしていくことができる場であって欲しいと考えている。
緒方先生の思い出話に話を戻す。緒方先生は2015年に残念ながら亡くなられてしまったが、亡くなる前年に行われた卒業生主催の緒方先生を囲んでの研究会の場で、40分程度の発表の場をいただくことができた。テーマは、私が10年以上にわたって研究してきた「社会デザイン」である。いわば高分子化学とは全く関係のないテーマであるが、緒方先生にも熱心に聞いていただき、研究室の諸先輩からも興味をもっていただいた。それが、つくるⅠの講義の機会をいただくことにもつながっていった。多様性を尊重されてきた緒方先生の子分として親分(=緒方先生)に最後に自身の研究成果を聞いていただくことができたことがなによりも大切な私の同窓会における思い出である。

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