2014年12月アーカイブ

 12月11日は、株式会社本田技術研究所水村栄氏 (機械工学科1975年卒業)が「二輪車の商品開発と世界ビジネス展開―開発者の視点から―」というテーマで講義を行いました。

 最初に、ホンダの二輪車は昨年全世界で1600万台を超える販売実績がありながら、国内で生産された数は1%に満たないことが紹介されました。講義のキーワードは「グローバル化」と「もの造り」です。その象徴的な商品として、スーパーカブが「形状だけで識別できるほど独自性が高い」と認められ、その形状が立体商標として登録されたことも紹介されました。

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 以下に講義の概要を紹介します。

1.二輪車の市場概況
 二輪普及率は1人あたりのGDPと相関関係にあります。1000ドルを超える頃から急速に二輪車が普及し始め(NEXT市場)、5000〜1万ドルの基幹市場では二輪車が最も売れ、それ以上の先進国市場では二輪車より四輪車の需要が増えていくことなどが、それぞれの国の特徴とともに紹介しました。
 また、マーケット別に特徴をもつ二輪車機種群とや、先進国メーカーと進展国メーカー間の提携がすすむ二輪関連企業の相関関係なども紹介しました。

 

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2.Honda二輪のグローバル化の歴史と現状
 S(Sales、Service:販売、アフターサービス)、E(Engineering:生産・製造)、D(Development:商品開発)の視点で海外展開していますが、現在ではホンダ製品を販売しているのは165カ国、二輪車製造は21カ国30工場、二輪車研究所は10カ国14研究所に上ると紹介しました。

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3.商品企画から開発まで
 商品企画では、マーケットイン(ユーザーの要望や市場のニーズを正しく把握しそれに応える、競合する商品に対する競争力を与える、社会からのニーズや方向性を取り込む)と、プロダクトアウト(期待を超える新機能・新技術・新デザイン等を技術屋が蓄えた知識を発揮して実現する)の両輪をうまくバランスさせる必要があると説明しました。
 海外でのマーケティングの実例の紹介の後、ホンダ独特の研究開発体制の概要や品質工学にも話が及びました。
 またHGA(二輪R&Dセンター)では新技術・コア機種の開発をすすめ、海外の研究所ではそれぞれの市場ニーズにあったラインアップの提案や現地向け派生機種の開発などの役割分担をして、開発の効率とスピードを求めた連係をすすめています。

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4.開発へのこだわり
 創業者本田宗一郎の肉声のテープで、ホンダに受け継がれる以下の「開発へのこだわり」が紹介されました。
・技術を持って人の役に立ち、大衆に受け入れられる商品へのこだわり
・使っていただいてお客様に迷惑をかけない品質へのこだわり
・すべての人に平等に与えられているのが時間。二輪は特にスピードにこだわる
・開発を通じて、世界に通用する人材育成へのこだわり

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5.海外で生産するということ
 二輪車の造り方や海外工場での作業風景、アジア主要国の賃金比較を紹介したあと、海外工場への生産技術移転として、「完成車組立」の現地化、「部品製造」の現地化、「生産設備」の現地化、「生産技術開発」の現地化の4つのステップについて説明しました。その地域のニーズとシーズを見極めて移転していく技術と内容を決めています。
 また日本ではJIS規格で標準化されているのに対し、海外ではそれぞれの地域で規格が異なります。膨大な図面を現地化する作業をしています。さらに、製造拠点や部品メーカーの違いで、製造法案を現地化する作業も必要となります。このような地道な作業の積み重ねで廉価で安定した品質につながるのです。逆に言えば設計者や開発者の腕の見せ所との説明もありました。
 海外の人材活用も重要です。オールホンダで9万2千人のうち、日本人は6千人、海外の人材は93%の8万6千人にのぼります。言語・宗教・文化などの違いを超えて海外人材を活かすために、社是の共有、チームワーク、リーダー格の日本での研修、全員での日々の改善活動が行われています。

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6.海外でビジネスをするということ
 企業ブランドの確立や知的財産の確保に向けて、特許権・意匠権・商標権など知的財産制度(所有権)の活用が重要となります。初代スーパーカブ(1958年)の自動遠心クラッチ技術を日本で特許出願しながら、海外では出願しなかったため、特許出願をした外国会社にライセンス許諾料を支払うことになってしまったことがあります。それ以降、外国への特許出願も積極的に行っています。特許出願件数(全世界合計)は年間7600件、積極的に外国出願を実施しています。特許は各国で独立した権利のため、権利行使するためにはその国ごとに出願が必要です。
 さらに海外ビジネスにおいては、各国法規、各国国税、ビジネスパートナーとの関係、経済状況や国策、宗教や習慣の違い、免許や保険制度の違い、政治情勢など様々なリスクも考慮しなければならないと説明しました。

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7.更なるお客様の喜びに向けて
 今後のNEXT市場への対応や、早回しを目指す品質改善サイクル、交通安全への取り組みなども紹介されました。

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 最後に、これからグローバルなモノづくりを志す学生に対し、期待を込めた以下の言葉で講義を締めくくりました。

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水村講師

理工学部同窓会懇親ゴルフ大会『第2回ソフィア理工カップ』開催

 

昨年の引き続き、第2回目の大会を以下の要領で開催することになりました。 開催場所は、第1回目と同じで、時期は04月下旬で同様ですが、曜日は月曜日から水曜日に変更致しました。 多数の参加をお待ち申し上げております。

 

日  時:2015422日(水)

場  所:おおむらさきゴルフ倶楽部 (東・西・中コースの27ホールですが、どれを使用するかは未定です)

       〒355-0804 埼玉県比企郡滑川町中尾1185

       TEL : 0493-56-5555

       Web Site : http://www.omurasaki.com

       関越自動車道東松山ICより約15

集  合:午前8時頃を予定

スタート:8時30分頃を予定(参加人数により検討)

費  用:プレイ代 14,000円前後

      (キャディ付き、昼食・飲み物)各自精算

      参加費 4,000

       (パーティ代・賞品代に充当)

競技方法 ; 使用ティー ; 男性 白、 女性 赤

         スコア集計 ; 新ペリア(ダブルパーカット、ハンディ上限36

                   同ネット、年齢上位

         ドラコン・ニァピン ; 午前・午後 各1

主  催:上智大学理工学部同窓会

      『ソフィア理工カップ』ゴルフ大会実行委員会

応  募:下記エントリーフォームよりお申し込み下さい。(2015322日までに)

 ◆エントリーフォームはこちら

お問い合せ:ご不明な点等御座いましたら、ご遠慮なく、事前に下記までお問い合せ下さい。

同窓会の連絡メールアドレス : rikougakubu-alumni@sophiakai.gr.jp

      上智大学理工学部同窓会 会長 池尾 茂

      東京都千代田区紀尾井町7-1 上智大学理工学部長室内

      詳しくは下記担当へ

      1)ソフィア理工カップ実行委員会 委員長 石井 進e-mailsum_041247@yahoo.co.jp

      2)同窓会事業企画委員会委員長 吉田 泰昌 e-mailyoshiday@mse.biglobe.ne.jp

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12月4日は、株式会社ナビタイムジャパン・代表取締役社長の大西啓介氏(電気電子1988)が、講義を行いました。今回も、教室は満席。大西氏は、学生時代の研究から創業に至るまでの経緯と、ナビゲーションエンジンで世界のデファクトスタンダードを目指す、同社の戦略について説明しました。以下では、講義の内容をご紹介します。
 

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縁あって経路探索が研究テーマに
 
 ナビタイムジャパンは2000年に設立した企業で本社は表参道にある。従業員数は約330名。経路探索のアルゴリズム作成を中核に、日本と海外でナビゲーションに関する事業を展開している。ビジネスモデルは、スマートフォンや携帯電話での有料課金ビジネスモデルだ。多くの経路探索サービスが無料で提供されているが、我々はユーザーが有料でも使ってくれるきめの細やかなサービスを提供することで、現在、日本で約400万人の有料課金ユーザーを抱えている。無料のユーザーまで含めると、月間のユニークユーザー数は約2600万人になる。

経営理念は 「経路探索エンジンの技術で世界の産業に奉仕すること」だ。2000年に5人で創業した時から、ナビゲーションエンジンで世界のデファクトスタンダードになることを目指し、全社一丸となって努力を続けている。一般的にナビゲーションサービスでは、目的地までより早く到着することを一番の目標としている場合が多いが、我々は「世界中の人々が安心して移動できるように。」をサービスコンセプトとしている。

大学3年生になって研究室を選択する際に、これからはコンピュータの時代が来るだろうと考え情報処理の研究室に進んだ。そこで創業のきっかけとなる経路探索が研究テーマとなった。同じ情報処理の研究室の中では、ひとり1テーマで研究をしていた。音声合成やコンピュータグラフィックスの研究をする学生もいた。私が、経路探索をテーマにすることになった経緯は、ジャンケンだったのか教授の指示だったのかは忘れてしまったが、振り返ってみれば縁があったのだと思う。
 

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いろいろな縁が重なって事業につながっているのだが、もう一つの大きな縁は、学生時代に経路探索の研究が、毎日新聞で取り上げられたことである。当時はメモリが300キロバイト程しかないNECのPC98という、Windowsが登場する前のMS-DOSパソコンでカーナビゲーションを作成していた。当時はデジタル化された地図もなく、自分で紙の地図をもとにデジタル化した地図も作成していた。パソコンで経路探索ができて最短ルートが探せるということが、画期的なことだった。将来は自動車に搭載できるようになるかもしれないと報道された。この事が、のちに事業化することに結びついていくこととなる。頑張って研究していたことが、結果として報道につながったということだと思う。どれくらい頑張ったかというと、修士課程は2年いれば卒業できるが、博士号は学会で論文が通らないと取得できない。情報処理学会や通信学会は、毎月数名しか論文が通らない。1日に16時間くらい勉強しているのでは時間が足らないと感じて、勝手に1日を36時間に設定して、24時間勉強して6時間寝て大学に来るというような生活をしていた。そして、何とか2本の論文を通して博士号をとった。

社内ベンチャーから始まったナビゲーションビジネス

 博士号取得後、就職したのは祖父が創業した大西熱学という空調の会社だった。大西熱学は世界中どこにもない冷房設備や暖房設備を特注でつくる会社で、南極昭和基地の設備を手掛けているユニークな会社だ。私は3代目として就職してソフトウェアの仕事をしていた。会社に入ってから3年目1996年にインターネットの商用化がスタートして、会社や自宅でインターネットが使えるようになった。社長である父が、インターネットを使ったビジネスで事業化を考えろと指示したので、大学で研究していた経路探索を事業化しようと考え、社内ベンチャーを立ち上げた。

これも一つの縁だが、SIベンダーに就職していた大学の後輩が、自分でやりたい開発ができないということで、退職して合流してくれた。それで、二人で事業をスタートさせた。ここで、先ほどの新聞記事が生きてくる。事業を始めた翌年に、モバイル時代が始まった。カシオやシャープといった企業が、通信機能のないPDA(パーソナル・デジタル・アシスタント)を発売した。当時は、少ないメモリで経路探索を提供できるソフトがなかった。いくつかのPDAを手がける企業が新聞記事を手掛かりに、大西熱学にそうした技術を持つ人がいると訪ねてきてくれて、技術を採用してくれた。業界でこのことが広まり、2年のうちにはすべてのPDA企業が大西熱学の技術を採用してくれた。98年になるとエリクソンやノキアといった海外の企業までが、大西熱学を訪ねてきて技術を採用してくれた。99年にはNTTドコモのi-modeが登場する。通信機能を備えた端末の登場だ。市場が拡大したことで、2000年に大西熱学から分社独立し、ナビタイムジャパンを設立した。多くのベンチャー企業は資金を調達して事業を拡大していく手法をとるが、我々は収支の範囲内で事業を大きくしていく手法で成長してきた。これまで借金無しで、事業を展開拡大してきた。

トータルナビゲーション

 何が我々のサービスを受け入れてくれるポイントになったかというと、「トータルナビゲーション」というコンセプトだったと思う。携帯電話を持つ人々は、自動車で移動するだけではなく、電車にも乗るし徒歩で移動もする。移動手段は単一ではない。すべての移動手段に対応したナビゲーションがほしいというニーズがあった。すべての移動手段に対してリアルタイム情報を考慮して、その日、その時刻、その場所で、その人にとって最適なルートを提示するサービスが求められていた。我々のアルゴリズムが携帯電話業界に受け入れられて、2003年にKDDIから発売された世界初のGPS搭載携帯電話の、標準ナビゲーションとして採用された。それがきっかけでさらに事業が拡大した。

 さて、トータルナビゲーションとは何だろう。たとえば、渋谷ヒカリエから東京タワーに移動するとしよう。「NAVITIME」では4つの経路候補を表示する。第1経路は車のルート、第2経路は徒歩+バスのルート、第3経路は徒歩+電車のルートだ。第1経路の車ルートでは、渋滞を考慮したルートだけではなく、高速料金やガソリン料金、タクシーを利用した場合の料金までわかるように表示している。タクシーアプリと連携して、タクシーを呼べるようにもなっている。第3経路の徒歩+電車ルートでは、乗車するホーム番号や便利な車両位置も表示、降車駅の神谷町での出口番号や、駅を出た後の進行方向まで表示するようにしている。徒歩の場合には、横断歩道の位置なども考慮して、道のどちら側を歩いたほうが良いかまでもナビゲーションしている。こうしたことを実現するためには、大変だがメンテナンスが極めて重要になる。メンテナンスの積み重ねがユーザーからの支持につながる。日々のメンテナンスをアルゴリズムに反映していく地道な努力が、サービスを向上させていくうえで重要な活動となる。
 

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ユーザーの声を機能に反映

ちなみに学生の方々からの要望が多くて実現した機能が、定期券区域を優先して通るルートを検索する機能だ。遠回りしても安く行きたいというニーズに応えた。ユーザーのニーズに応えて機能を付加してきた。鉄道運行情報メールも、その機能の一つだ。駅に行く前に自宅で運行情報を把握できるようにする機能だ。事故や遅延が発生すると、事前に登録したメールアアドレス宛に情報が届けられる。誰もが駅に到着してから、事故や遅延の情報を知る経験をしたことがあるだろう。このサービスを活用すれば出発前に、自宅にいながら運行情報を把握することができ、あらかじめ迂回ルートを調べることも可能となる。

最近提供を始めた新しい機能は、混雑予報だ。多少時間がかかっても混雑を避けたいという、ユーザーの要望に応えたものだ。電車の混雑状況に関するデータは、世の中に存在しなかった。社員が1日中電車の混雑状況を観測、運行ダイヤを加味して列車ごとにどの程度混雑するかを、6段階のレベルで予測するアルゴリズムを開発した。日本で初めて、混雑度を予報する機能を実現した。

ナビタイムジャパンでは、こうした豊富な機能をどのようにユーザーに伝えるかを考えて、広告戦略を展開している。ご覧になったことがあると思うが、「ミスターナビタイム」とか「ナビタイムおじさん」とか呼ばれているが、スマートフォンや携帯でアプリを立ち上げると出てくるナビタイムの化身(アラジンの魔法のランプの化身をイメージしている)が、ユーザーを目的地にまで時間通りに連れていくというCMを展開している。便利な機能を、いかにわかりやすく伝えて、ユーザーに理解してもらい、使っていただけるようにすることができるかが、広告戦略のポイントだ。昨年はみどりの山手線で、沿線のスポットを22ヶ所ピックアップして、「○○に行くならこの車両」というクリエイティブを、ドア横に掲載する車両ラッピング広告を展開、「NAVITIME」を使えば目的地に近い車両までわかることを訴求するキャンペーンを実施した。

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「NAVITIME」では2600万人のユーザーが検索したスポットのランキングも集計している。全国での集計はもちろん、半径2キロメートルの範囲での検索ランキングも提供している。例えば、ある時期、検索ランキングでトップとなった「ラピュタの道」という場所がある。雲海を見下ろした景色がまるで雲に浮いているようで、映画「天空の城ラピュタ」のイメージのようだということで、ライダーたちがそう呼び始めたスポットだ。つまり、「NAVITIME」の検索データを活用することで、ガイドブックにも掲載されていないホットなスポットを見つけることができるというわけだ。

トータルナビゲーションがナビタイムジャパンの強みであると説明してきたが、ユーザーの要望に応えて、移動手段を絞った単機能のアプリも提供している。自分の利用している移動手段に特化した、きめ細かいナビゲーションがほしいというニーズに応えたものだ。自転車NAVITIMEでは、サイクリングロードを優先した自転車用のルート検索やナビゲーションができる。このサービスでは当初、坂道の少ないルートを提供する機能を実装していた。ところが、自転車をトレーニングに活用する多くのユーザーから、逆に坂道の多いルートを表示してほしいという声が寄せられ、アップダウンが多いルートも検索できるようにした。
 
また、バス専用の「バスNAVITIME」も提供している。バスの弱点は、どこから乗ってどこで降りればいいのか、バス停の場所がわからないという点と、交通状況によって必ずしも時刻表通りに運行できず、利用の際にバス停で待たされることが多いという点だ。このバスの弱点を補うような機能を、「バスNAVITIME」では実装している。バス運行会社とデータ連携を行い、バス停へのバスの接近情報をユーザーがアプリで把握できるようにした。ユーザーは自宅にいながらバスの運行状況を確認でき、バス停で待つことなく利用できるようになった。この機能をリリースした2007年、減り続けていた都バスの利用客がV字回復した。ナビタイムジャパンがこのことに貢献したのだと考えている。
 

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純正カーナビを超える

カーナビゲーションビジネスへの対応について説明したい。ナビタイムジャパンが提供するハイエンドモデルの「カーナビタイム」は、車載専用のナビゲーションシステムの機能を凌駕していると考えている。スマートフォンの弱点は電波が圏外となるとナビゲーションができなくなることだったが、端末内に地図を保有し圏外でもナビができるようにしている。一般的に車載専用カーナビでは、DVDに記載された地図情報を数年ごとに書き換えて、利用するケースが多い。ビルの情報や地点情報は、1年で1/3が変わってしまう。建物やスポットの情報は日々変化している。車載の地図データはすぐに古くなってしまう。目的地が、わからなくなってしまうだろう。「カーナビタイム」はリアルタイムに情報を更新しているので、いつでも最新の地図情報が利用できる。渋滞を考慮したルート案内はもちろん、駐車場の空き情報もリアルタイムに提供している。テレビ番組で紹介されたスポットも表示される。例えば、料理番組で紹介された料理人がいるお店の情報なども提供している。紅葉の色づき情報など、季節限定のイベント情報なども提供している。
 
昨今、自動車の自動運転技術開発が進展してきた。自動運転になる、とナビゲーションシステムが自動車の頭脳となる。乗車したら口頭で行き先を伝えるというように、車とコミュニケーションする時代がくるだろう。ナビタイムジャパンでは端末に触れることなく、音声で地点検索やナビ設定ができる機能を開発している。ボイスコントロールと呼ばれる機能で、音声認識と音声合成を活用した仕組みだ。例えばガソリンスタンドを探す時など、音声で指示すればナビゲーション中のルート沿いにあるものを検索できる上に、ナビと会話することで価格の安いスタンドを探したり営業時間を確認したりすることも可能だ。特にゆっくりしゃべらなくても、普通の会話でサーバが内容を認識できるようになってきている。ボイスコントロール技術の進化を実現しているのは、ナビタイムジャパンの音声認識サーバが、これまでのユーザーとの膨大なやり取りを蓄積し、分析することで学習しているからだ。車載専用ナビでは単一ユーザーとのやり取りしか分析することができず、データを活用して学習する事には限界がある。この機能は日々進化しているのでぜひ機会があれば使って欲しい。
 

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一般ユーザー向けのエントリーモデルとして提供している「NAVITIMEドライブサポーター」では、警察の公開情報を取り込んで全国の交通取締情報を提供している。ユーザーには便利に活用してもらっているようだ。全国約2000カ所のライブカメラ情報(静止画)も確認可能で、渋滞情報や、霧・積雪などの天候をリアルタイムで見ることができる。

ここまでくると運転車が運転中にスマートフォンを利用できないことだけが障害となる。そこで、運転者がスマートフォンをダッシュボードに固定してカーナビとして利用できるように、車載用スマートフォンフォルダーを自社開発した。また、新しいカーナビゲーションの形として、車載の安価なディスプレイオーディオとスマートフォンをケーブルで接続し、スマートフォンのカーナビアプリを車載機上で利用できるサービスも開発している。車載機器としてはタッチパネルだけがあればいいという考え方だ。

アウディやBMWの新型車に搭載されたテレマティクスサービスには通信APIを通して駐車場やガソリンスタンド、ニュースなどの情報をナビタイムから提供している。フォルクスワーゲンとはドライブアプリを共同開発している。実験段階ではあるが、ディスプレイ機能(バックモニター機能)を実装したルームミラーとスマートフォンでBluetooth接続を行い、ルームミラーにナビゲーションを表示する機能も開発している。

移動を予測・最適化するビジネス

ナビタイムジャパンは個人ユーザー向けのサービスだけではなく、企業向けのビジネスサービスも提供している。PCとスマートフォンを活用し、動態管理とカーナビサービスを提供するクラウド型ソリューションだ。たとえば配送業において、自社の配送トラックにスマートフォンを搭載しておけば、管理者はその位置やステータスを地図上で確認して、ドライバーが次にどこへ移動すれば効率的に配送や集荷ができるかを把握し指示できる。物流業では渋滞なども考慮して、正確なトラックの到着時刻を把握することができる。プラスマイナス5分以内に、90%が到着するというような精度での管理が可能となる。物流業とって画期的なソリューションとなる。宅配ビジネスにおいても、荷物の到着時刻が正確に把握できるようなる。現在の宅配サービスは、2時間程度の幅で到着時刻指定ができるが、午後6時から8時までと言われても6時5分に来るのか8時近くに来るのかがわからない。お風呂に入っていいものか、化粧を落としていいものか、受取人は神経を使う。より正確な予想到着時間を、受取人のスマートフォンに配信するサービスを提供することなどで、受取人の時間的負担を軽減できる。
 
今後の展開として、交通コンサルティング事業への展開を図っていく。ナビゲーションサービスで10年以上培ってきた膨大なデータと技術を活かし、交通、移動に関するデータ提供分析コンサルティングを行っていく。ナビゲーションに加え交通自体の最適化、地域の活性化によって移動全体を最適化していくことを目指している。たとえば、検索データをもとに移動が集中する場所を事前に見つけることができる。これはももいろクローバーZのライブが、西武球場で開催される4月13日に、西武球場前を到着指定した検索数の推移だ。多くのファンが数日前から検索を始めている。こうしたデータを活用すれば未来の人の移動が予測できる。このデータからは開演時刻だけでなく、グッズ販売の開始時刻を意識した検索があることもわかる。公共交通機関の輸送量調整や混雑回避の誘導、駅付近のコンビニの商品仕入れ量などの調整に活用が可能だ。
 

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経路検索結果を分析し、利用者がどこで不便を感じやすいか、具体的な課題を抽出することも可能だ。これは広島県と実施した乗り換え改善計画の例だ。データからバスの到着より先にフェリーが出てしまうため、港で1時間以上待たされる観光客がいることがわかる。バス会社とフェリー会社のダイヤを自治体が仲介して調整することで、観光客が少ない待ち時間で目的地に到達でき、より長い時間滞在することを可能にした。こうした施策は地域の観光業にとってプラスになると考える。東京メトロとも実証実験を行っている。現在は路線図を参照して料金を確認してから、乗客が切符を購入することが一般的だが、今後は券売機の画面上の路線図から到着駅を選び、直感的に切符を購入できる仕組みなどを検討する可能性がある。

地域活性化に関する実証実験をニセコで行った。海外からの観光客を対象とした実験だ。ニセコ全山に対応した「ニセコゲレンドMAP」アプリを開発提供した。このアプリの言語設定によって、国別の観光客のゲレンデ利用状況が把握できた。中国からの観光客は低地で雪遊びをしており、オーストラリアからの観光客は上級者コースで滑っていることなどが分析できた。このデータを活用すれば、中国では雪遊びを中心としたプロモーションを展開するが、オーストラリア向けにはスキーをメインとしたプロモーションを展開するなどの、具体的なマーケティング施策に生かすことができる。このアプリでは雪崩が起きやすい場所などの情報も提供、減災政策への展開なども模索した。
屋内でのナビゲーションについても実証実験を行っている。

海外へ、そして訪日外国人誘致のインフラに

最後に海外向けのサービスについてもご紹介したい。「NAVITIME Transit」というサービス名称で、ロンドン、サンフランシスコで乗り換え案内サービスを提供している。昨年11月からはシンガポールで、今年はバンコク、クアラルンプール、香港、台湾、上海と、主にアジアでの展開を拡大した。現在10ヶ国語でサービスを提供している。特に宣伝もしていないが、イギリス向けアプリは100万ダウンロードを突破している。海外では日本と異なり、必ずしも交通機関が時刻表通り運行しないという状況ある。そのため、ナビゲーションサービスの提供は難しいのではないかという危惧があったが、逆に時刻表に頼れないからこそリアルタイムに状況を把握でき、迂回ルートを使って時間通りに目的地に到着できる、ナビタイムのサービスに対してニーズがあったようだ。

昨年は、訪日外国人旅行者が初めて1000万人を超えた、観光立国を目指す日本は一つの節目を迎えた。政府は、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年に2000万人を目指すとしている。日本の観光ビジネスは新たな局面を迎えている。こうした動きにあわせ、訪日外国人向けのナビゲーションアプリを充実させていきたい。短期間しか滞在しない訪日外国人向けアプリは課金ビジネスに成り立ちにくいが、観光客や観光地にとって有益なサービスになると考え、昨年10月から「NAVITIME for Japan Travel」のサービスを提供している。すでに、ダウンロード数は20万を超えている。路線図からの駅を指定した乗り換え検索など、複雑な首都圏の鉄道網などもわかりやすく検索できるように工夫している。さらに、来日した外国人の方々は、まず無料WiFiスポットを検索してネットにつなげてから、様々なインターネットサービスを利用するケースが多いので、日本全国約5万ヶ所の無料WiFiスポットを、オフラインで検索できる機能も実装されている。このため、来日前に自国でダウンロードして利用する人が75%に上る。

利用の状況からどの国から来日した観光客が多いかがわかる上に、検索ルートランキングから、どこに宿泊していて、どこが人気の観光スポットになっているのか、などの分析も可能だ。新たな観光スポットを紹介したり、お祭りがあるといった情報を配信するなど、将来は訪日旅行のポータルとして、実際に日本に来てからの観光地までの案内に対応するだけでなく、日本に来る前からの様々な情報配信も実施して行きたい。訪日時に必要な情報を集約したプラットフォームとして、訪日外国人誘致のインフラに発展させていきたいと考えている。
 

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 11月27日は、ダッソー・システムズ SA持田修示氏 (物理科1996年卒業)が「ソフトウェアによるものづくり革命」というテーマで講義を行いました。
 持田氏はFrance(Paris)在住のため、インターネットを使った遠隔講義が予定されていましたが、スケジュール調整をしていただき満席の教室での講義となりました。
 持田氏は、最初にダッソー・システムズ SAが飛行機製造会社から設計部門が独立して設立されたこと、3Dソフトウェア技術により顧客のイノベーションを促進する会社であることを説明しました。
 その後講義は、
1.製造業について
2.ソフトウェアによる製造プロセス革命
3.ソフト製造業のこれから
の順に進みます。

 以下に講義の概要を紹介します。

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教室全景


製造業について
 「製造業とは原料に手を加えて品物をつくり上げる産業」という定義を紹介したあと、自動車製造を例にとりその工程とライフサイクルの説明に入りました。
 コンセプトデザイン、設計、生産技術、製造、品質管理、営業、サポートの順に工程が進みますが、最後のサポートは次期製品のコンセプトデザインにつなげることが重要になると強調されました。
 現在の自動車製造プロセスと1960年代のプロセスを動画データで比較しました。1960年代は、紙ベースの仕事、人手による仕事、試作・現物ベースであったので長い開発サイクルが必要であったのです。
 製造業のキーワードとしてQCD(Quality, Cost, Delivery)も紹介されました。Quality(品質の向上)、Cost(コストの削減)、Delivery(納期の短縮)が大切であり、そのためにソフトウェアの活用が求められているのです。

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ソフトウェアによる製造プロセス革命
 まずソフトウェアの定義を紹介し、その特性を利用した効果として、自動化・省力化、高速化、正確性の向上を指摘しました。さらに既存のプロセスをゼロベースで見直すことで改革を起こせること、そのためには若い柔軟な思考が必要であると強調しました。また製造業の現場ではバーチャルな空間での検証がよく利用されています。従来の試作品による検証と比べ大幅にコストダウンできるし、実際にはあり得ないような空間の中での検証も可能となってます。

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 さらに、ソフトウェアがもたらした変化の説明に移りました。自動車を例に角型デザインから丸みを帯びたデザインへ、開発サイクルの短縮、安全性の向上の変化が解説され、従来なら建設不可能と思われた新国立競技場の先進的なデザインも建設可能となったことも紹介されました。

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CADによる自動車設計・製造のプロセスを動画を交えて説明しました。単なる設計に留まらず、安全性の確認や製造プロセスもシミュレーションできます。
また文書作成作業におけるソフトウェアの活用例も紹介されました。3Dソフトを使った作業では、正確なデータ、3D CADデータのそのままの使用、実物や模型がなくても作業ができる、自動で設計変更に追従できるなどのメリットがあります。
 

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ソフト製造業のこれから
 これからのソフト製造業に関して3つ観点を指摘しました。
1.エクスペリエンス(ユーザー体験)の時代へ
 製造業のキーワードであるQCD以外に、iPhoneの登場以来エクスペリエンスが重要視されています。単なる製品の機能だけでなく、自分で新しい体験を求める消費者が増えています。

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2.医療分野への進出
 例えば、心臓手術の前に3Dソフトで心臓をバーチャルに体験すれば(3Dプ、個々の患者合わせた治療が実現します。人工骨を3Dプリンターで作成し移植することも技術的に可能となっています。
 

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3. つながる時代へ: ハードのアイコン化
 モバイル、クラウド、ビッグデータなどもいろいろな物が連係を密にしてつながっていく方向に向かっています。
 

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 講義の最後は、消費者が具体的な情報をフィードバックすることでより良い製造業が育っていくとまとめました。
「今後の製造業を支えていく主役は皆さんです」と強調されました。

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11月20日は、東京エレクトロンデバイス株式会社・代表取締役社長の栗木康幸氏(電気電子1979)が、「半導体装置を通したものづくりと組織論」というテーマで講義を行いました。今回も、教室は満席。栗木氏は、半導体の歴史や製造工程について解説しました。講義の中では、集積技術が限界に近づきつつある半導体産業の現状について触れ、今後の半導体産業には革新的な変化が必要であるとの考えを示しました。また、自らが社長として実践しようとしている、革新を生むための組織改革についても説明し、革新を生むための条件として「努力」「能力」「発想」「目的願望」の4つが必要であると述べました。以下では、講義の内容をご紹介します。

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半導体と私のかかわりについて

私が大学を卒業した直後の1980年代は、日本の半導体産業の絶頂期だった。日本企業が世界の半導体市場の60%近いシェアを占めていた。それが、今では日本企業は独立の大手では東芝1社しか残っていない。そんな激動の半導体業界で、私はずっと仕事をしてきた。

私は1979年に電気電子工学科を卒業した。所属していたのは庄野研究室だ。大学院には進まず学部卒で、東京エレクトロンという企業に就職した。この会社はTBSが出資した会社で、現在も本社は赤坂サカスのTBSのビルの中にある。35年間ずっと、半導体製造装置とLCD製造装置の事業に携わってきた。2010年から関連会社の東京エレクトロンデバイスに移り、そこで社長をしている。この会社では、海外の半導体製品を輸入して、国内のメーカーに販売する事業を展開している。

さて、最初に半導体とは何かについて説明しよう。トランジスタや集積回路(IC)のことを半導体と呼ぶ場合もあるが、正確にいえばこれらは半導体を利用した製品だ。半導体とは読んで字のごとく、電気を通す導体と通さない不導体の中間の性質を持った物質のことだ。外からのエネルギー(電気、光、温度)を受けて、電気を通したり通さなかったりする性質を持つ物質のことだ。シリコンがその代表的な物質。シリコンのほかに、ゲルマニウムなどの物質もある。半導体製品の材料としては、非常に純度の高いシリコンに、微量の不純物を混ぜたものがよく利用される。

私の学生時代、半導体の物性を研究する大学研究室はたくさんあったが、実際に集積回路を製造させてくれる研究室は、上智大学の庄野研究室しかなかった。庄野研究室では私が卒業した3年後に、学生が卒業研究として8ミクロンのデザインルールで、200個程度のトランジスタを載せた集積回路を製造し、その動作を確認している。当時この成果は非常に画期的なことでもあり、新聞記事にもなった。

半導体の集積度、その変遷

 現在のVLSI(超集積回路)の集積度について説明したい。1センチメートル角の半導体チップの上には天文学的な数字の素子が載っている。先ほど80年代初頭に、庄野研究室で製造していた半導体製品が、8ミクロンのデザインルールだったと説明したが、これは集積回路の中に書かれている線の幅が8ミクロンという意味だ。幅が小さくなればなるほど良いのだが、小さくなると線が切れたりするので当時はこれが限界だった。

インテルが1972年に発売した製品は、10ミクロンのデザインルールで製造されていた。80年代にはこれが8ミクロンとなり、88年には1ミクロンとなった。当時の業界では1ミクロンの壁は越えられないのではないかと言われていた。しかし、半導体製造技術の発展により壁はあっという間に乗り越えられ、今世紀には0.1ミクロンにまで線の幅は細くなった。そして現在は20ナノメーターまで小さくなっており、さらに一桁ナノメーターでの製品開発が進んでいる。

20ナノメーターは10ミクロンの1/500の幅ということになる。上智大学のメインストリートの幅を10メートルと考えると、その1/500は2センチメートルとなる。デザインルールの変遷の中で、電気の流れる道をどれほど細くすることができたのかを、イメージできるだろう。 
 

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人間の髪の毛は0.1ミリ程度(約100ミクロン)の太さだ。22ナノメーターという数値のおよそ5000倍だ。インフルエンザウイルスの大きさが、約100ナノメーターである。インフルエンザウイルスの1/5程度の線の幅で、現在の半導体製品は製造されている。ちなみにシリコンの原子の直径は220ピコメータだ。現段階からさらに1/100くらい細くしないと、この領域には到達しない。おそらく、シリコン原子の10〜20倍くらいの幅には、あと5年から10年くらいで到達するだろう。原子の大きさに線の幅は近づきつつあるということだ。 

別の表現でVLSI(超集積回路)というものを表現してみたい。1センチメートル角の半導体チップには、約2000メートルの配線が描かれている。日本の国土が38万平方メートルなので3800兆倍してルート(平方根)を計算して換算すると、2000mという長さは1億2300万キロメートル相当となる。実際の日本の道路の長さは、国土交通省のデータによれば、かなり細かい農道なども含めて、120万キロメートルだという。VLSIの配線は日本の道路の100倍の密度で線が引かれているということになる。

半導体の製造工程と歴史

半導体の基本工程は6工程ある。シリコンのウエハーの上につくりたい物質を載せる(成膜工程)。その膜の上に感光剤を塗る(レジスト塗布工程)。そこにパターンが描かれたマスクをかぶせて上から光を当てる(露光工程)。感光した部分が抜けて穴が開く(現像工程)。残ったレジストをマスクにしてそこを掘る(エッチング工程)。そのあと感光材を除去する(レジスト剥離工程)。これを何十回も繰り返す。現在のLSIの構造は多層構造になっている。素子の集積度が上がり、同じ面に配線ができないため、素子が並ぶ面とは別に配線する層をつくっている。配線も何階層にも重なっている。そのため、多いもので50回くらい、簡単なものでも20回くらい、この作業を繰り返す。一通り終わるのに3か月ほどかかる。先ほど説明したように配線の幅は20ナノメートルで、ウイルスよりも小さな幅である。不純物が混ざると機能しなくなるので、非常にクリーンな状態で作この業は行われる。この後に、後工程と呼ばれるパッケージング工程がある。
 

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LSIの歴史について少し説明しよう。半導体産業が過去50年目指してきたことは、ひたすら小さくすることだ。半導体の集積度は、1年半ごとに倍増するという「ムーアの法則」に沿って、進化してきた。というよりもこの法則に沿って開発しなければ、自分たちの仕事がなくなるという強迫観念の中で、仕事をしてきたといってもいいだろう。現在もこの法則に沿って開発が進んでいる。

ではなぜ小さくするのだろうか。小さくすることでメリットがあるからだ。同じサイズの中に、様々な機能を盛り込めるようになる。これによってコストダウンが図れる。動作速度も上がり、消費電力も小さくできる。PCやスマートフォンの機能が上がっていくのは、もとをただせばこのムーアの法則に沿って、半導体が進化しているからだ。

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集積回路(IC)の原理を開発したのは、アメリカの二人の研究者だ。ジャック・キルビーとロバート・ノイスという人物だ。1958年、テキサス・インスツルメンツ社にいたジャック・キルビーがまず特許を申請した。それから数か月後の1959年、フェアチャイルド社の研究者だったロバート・ノイスが同じような特許を申請した。二人は10年にわたって特許紛争を繰り広げた。一審でアメリカの地方裁判所は、ジャック・キルビーに軍配を上げた。判断基準となったのは二人が提出した実験ノートだ。実験ノートによれば、ジャック・キルビーの方が発明した日付が早かったということが、その判決理由になっている。STAP細胞の例を引き合いに出すのはあまり適切ではないかもしれないが、すべての科学技術において実験ノートをつけるということは、極めて重要な基本的作業であるということを肝に銘じていただきたい。それは50年以上前の、この裁判結果からも明らかだ。

実は10年間の特許紛争の後に、最後はロバート・ノイスが勝つことになる。今日では、複数の回路素子をひとつの半導体基板の上に配置するというキルビーの特許は、集積回路の前段階のアイデアと評価されている。一方で、ロバート・ノイスのアイデアである半導体の平面上に回路を構成する技術に関する特許(プレーナー特許)が、工業的な集積回路製造の基になったと考えられている。しかし、この決着がつく前に2社はお互いの特許をライセンスする契約をしていたため、産業的には大きな影響はなかった。このキルビー、ノイスの時代から製造工程は変わりがない。ひたすら小さくすることを追求してきたのが半導体産業の歴史だ。

革新が生まれる組織とは

さて、ここにきてムーアの法則に限界が見えてきた。小ささのメリットを享受することが困難になってきた。理由は二つある。ひとつは、デザインルールが原子サイズに近づきつつあるという物理的限界だ。そしてもうひとつは、半導体製造には莫大な投資がかかるが、それが組み込まれた最終製品は価格が下がり、投資を賄いきれなくなりつつあるというコスト的限界だ。半導体産業的に、革新的な変化が必要な時代が訪れているといえるだろう。
 

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では、革新を起こす組織とはどんな組織だろうか。まず、組織のジレンマについて話をしたい。組織では一般的に、現場で成果を上げた優秀な人が、評価されて昇進していく。この人々は、現場とは違ったマネジメントやリーダーシップといった能力を、求められるようになる。したがって、現場に残された人はそれ以外の人たちとなる。優秀な人はどんどん現場から離れていく。一方で、現場には成果が出せなかった人々が残り、そうした現場からは成果が出せなくなり、全体として成果を出しにくい組織になってしまう。これが組織のジレンマだ。

私の会社では新しいコンセプトに基づいた人事制度を試そうとしている。革新は有能な現場が起こす。そして名選手が必ずしも名監督ではない。そこで私の会社では仕事ができる人を、現場に残す制度を来年から試そうとしている。昇進ではなくて報酬で報いるという人事制度だ。またマネジメントクラスに配置する人は、もしかしたら現場ではスーパープレーヤではないかもしれないが、リーダーシップがあり組織としての成果を導くことが出来る人材を選ぶ。それが会社としては非常に重要であると思う。
事業を取り巻く環境変化はスピードが上がっている。年というような単位では対応できなくなってきた。環境変化に応じて、組織は映画のセットのように、役割は俳優の配役のように、フレキシブルに変える組織でなければ、スピードに対応できない。
 

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革新を生む条件について私の経験から4つほどキーワードを紹介したい。一つ目のキーワードは「努力」だ。先生よりできる生徒にならなければならない。先人の努力を超える努力をしなければ、先には進めないということだ。

二つ目のキーワードは「能力」だ。能力にはいろいろある。アメリカの鉄鋼王であるアンドリュー・カーネギーの墓碑には、「己の近くに、己より賢き人を、集める術を知っていた男、ここに眠る」と刻まれている。自分の限界を知り、自分にできないことをほかの人にやってもらう能力が、革新には必要だ。これはトップマネジメントだけではない。小さなチームでも同じだ。私はこれを質のいい手抜きと呼んでいる。不得意なことを他人にやってもらい、自分は得意なことに集中する。そしてチームのパフォーマンスを最大化する。これこそが能力だ。

次のキーワードは「発想」だ。これこそが今の半導体産業に求められていることだ。創造力、作り出す能力だ。ノーベル賞を受賞した江崎玲於奈博士は、「真空管をいくら研究して改良してもトランジスタは生まれない」と述べた。今ある技術をいくら磨いても、そこから違うものは生まれない。ひたすら小さくしようという今の発想を、誰かがブレークスルーしなければ、未来の半導体産業は成り立たない。では、誰ができるかというと、やはり半導体技術者が考えるしかない。真空管を究めた人々が、違う発想でトランジスタを開発した。半導体研究の中で、妄想に近い違う発想をする人たちが、今求められている。

最後のキーワードは「目的願望」だ。これは「Pale Blue Dot(ほのかな青い光)」という写真だ( http://visibleearth.nasa.gov/view.php?id=52392 )。惑星探査機「ボイジャー」は、1977年に打ち上げられ今も飛行を続けている。この写真は太陽から60億キロ離れた冥王星の軌道のあたりで、地球から送られた最後の指令である「地球を振り返って写真を撮れ」という命令を実行して、撮影した写真を地球に伝送してきたものだ。地球を一番遠くからとらえた写真だ。1990年に撮影された。ボイジャーはまだ、150億キロ離れたところを飛んでいる。人類が造ったものの中で一番遠くまで到達している物体だ。半導体が開発された頃に造られたものが、一度もメンテナンス無しに、今でも機能して飛行を続けている。10日後に、日本の「はやぶさ2号」が打ち上げられる。2020年に帰ってくる計画だ。はやぶさは、人類が一番遠くまで到達させて帰還させた物体だ。ボイジャーは帰還しない。でも、はやぶさは帰還した。日本の科学技術として世界に誇っていいことだと思う。何が、ボイジャーやはやぶさを作り出したかというと、それは「願望」という欲求意識だ。「こんなことをやってみたい」「行って見てみたい」という科学者の願望を、技術者が実現した結果だ。何かを成し遂げるときには、何かをしてみたいという絶対的な願望が必要だ。

最後に1枚シートを示したい。これは主要国の人口とエネルギー消費量のデータだ。地球環境は限界に来ている。今の生活レベルを維持しようと考えるならば、今後、すべてのエネルギー源を3倍から5倍の効率で利用するようにしなければならない。リアクションペーパーの課題として、次の三つテーマをお願いしたい。
1.全体の感想
2.人類が生存していく上での脅威とその克服
3.我々の生活を劇的に変化・向上させそうな技術
2と3はSF小説家のつもりで書いてもらってもいい。半導体産業にとどまらず、地球環境を守るためには、革新的な技術が必要だ。それを見つけるのは皆さんの仕事となるだろう。これが本日の私からのメッセージである。
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 11月13日は、大日本印刷株式会社の高橋洋一氏 (化学科1979年卒業)が「精密印刷技術の細胞工学への展開」というテーマで講義を行いました。
 今回も、教室は満席になりました。
 高橋氏は、印刷会社である大日本印刷がさまざまな事業に多角展開してきた歴史と、さらにライフサイエンス分野への関わりについて講義されました。

 以下に講義の概要を紹介します。

 

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教室全景


未来のあたりまえを作る。
 まず大日本印刷の標語である「未来のあたりまえを作る。」という言葉から説明されました。今はないけれど将来はあたりまえになっている技術や製品を開発するという意味です。
 例えば昔はレコードだったものがコンパクトディスク(CD)に変わり現在はネット配信が音楽では主流となっているように、技術の進歩により大きな変化が起こっています。医療の分野でも、医薬品による対症療法から細胞を用いた再生医療の様な根治治療へと進んでいくと予測されます。その未来に向けて細胞工学の技術開発が進められています。
 そして現在の大日本印刷の三つの事業分野の説明に続きます。情報コミュニケーション(印刷やICカードなど)、生活・産業(包装や住宅材や自動車の内装材など)、エレクトロニクス(フォトマスク・液晶ディスプレイ用のカラーフィルターなど)です。
 紙への印刷から、布やフィルムや鋼板への印刷に応用されたり、金属エッチング技術の応用がエレクトロニクスへ展開されています。 

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共通する技術コンセプト
 細胞工学の具体例の説明の前に、なぜこの分野をやっているかを解説されました。
 印刷は紙の上にインクパターンをのせることであり、紙を他の材料に変えれば建築材などになります。ガラスやセラミックスの上に精密パターンをのせることでエレクトロニクスに応用され、それと同じように生体組織の上に血管などのパターンをのせることで細胞工学へ展開できるのです。
 このように全く異なる分野に見える技術も、そのコンセプトは共通しているのです。

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パターン培養による毛細血管作成
 体外で毛細血管を作る技術です。まず血液を採取しその中の毛細血管を作ることができるヒト血管内皮細胞を抽出します。一方で表面加工技術を用いたパターン基板を作成し、その上に内皮細胞をのせるとその形状に沿って細胞が培養されます。そしてその細胞を生体材料であるヒトの羊膜に「転写」すれば、分化が起こりチューブ状の毛細血管が作られていくのです。この「転写」という技術は印刷技術の応用です。印刷ではインクを紙に転写しています。インクを細胞に紙を羊膜に置き換えた技術です。
 この細胞転写技術の応用で骨芽細胞再生も研究が進んでいます。骨を再生したり、おやしらずから歯の細胞を抽出し培養して歯周病の治療などに期待されています。

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再生医療向け細胞シート
 実用化が進んでいる技術として、温度変化で接着性が変化する細胞培養用高分子材料も紹介されました。シャーレの上に高分子材料を付けます。その細胞培養材料は、温度により周りの水を吸収して伸びたり縮んだりする性質があります。培養温度37℃では細胞は増殖を始め、増殖が終わったところで温度を20℃に下げれば高分子材料が水を吸収して細胞は縮み剥がれていきます。
 このようにして角膜上皮シート、食道への口腔粘膜シート、心筋シートなどが作られ移植に利用されようとしています。


家畜受精卵体外育成用マイクロバイオリアクターシステム
 黒毛和牛の受胎率は低く、これを高くして生産効率を上げることが課題となっています。黒毛和牛の受精卵を体外に取り出し、子宮環境に近い装置の中で培養します。その受精卵の卵割の状態を自動計測して状態の良い受精卵を牛の体内に戻すことで受胎率を上げようという試みです。
 従来のシャーレでの培養では受精卵が動いてしまうため、最適の受精卵の識別が難しいとの問題がありました。流路の形状により受精卵の位置を変えずに培養できるマイクロバイオリアクターと、卵割の状態をリアルタイムで画像解析し最適な受精卵を選ぶソフトウェアの開発により大幅に、受胎率を高めることが可能になりました。
 受精卵培養ディッシュは人間の不妊治療クリニック用にも商品化されています。

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 講義の最後は、

 大日本印刷は今後も新規分野に挑戦し続ける
「未来のあたりまえを作る。」ために

という言葉で締めくくられました。
 

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五味コーディネーターと高橋講師

写真など

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